隻眼王の愛のすべて  < コウ伝 >
「今日、勉強中に居眠りしたんだって?」

パンをかじりながら、シエルがふっと笑った。

「リウ様、しゃべったのね!」

「勉強だと思うと疲れてしまうからな。まぁ、知識になったら無駄なものではない。忙しいのがひと段落したら一緒に勉強しよう」

一緒に、と言われると嫌とは言えないノエリアだった。

夕食を済ませて部屋に行くと、ティーセットと葡萄酒と甘いものが乗ったワゴンが用意されていた。部屋でのティータイムや少しのお酒を嗜む時はノエリアが準備をする。

誰かに頼めばいいと言われても、やりたいのだ。そうでなくても、国王の婚約者という立場に胡座をかきたくなかった。自分でできることは自分でやりたい。ヒルヴェラの屋敷でもそのように生活してきたのだから。
シエルに申し出たとき、彼は「きみのしたいようにすればいい」と言ってくれたのだ。

就寝前のゆったりとした時間を一緒に過ごすのは数日ぶり。シエルは上着を脱いで奥へ行こうとしている。

「寝室で飲まないか」

「分かりました」

ノエリアはワゴンを寝室まで運んだ。
ふたりが好きな香りのお茶を注ぐと部屋にいい香りが漂う。

シエルは寝室のソファではなくベッドに腰を下ろしている。やはり疲労が溜まっているのかなんだかこのまま眠ってしまいそうだ。

「お茶、こちらへ置きますね」

サイドテーブルにお茶とチョコレートを置くと、シエルは立っているノエリアの手をそっと取った。

「あの、シエル様」

「なんだ」

「仕事が忙しいのは分かります。けれど心身を休ませるためにもきちんとここへ帰ってきて欲しいの」

言えないことも仕事の邪魔をしてはいけないこともある。けれど言わないと気持ちは伝わらない。

「もちろん、立て込んでいるときやここへ戻るのが面倒なときは仕事を優先してください」

「分かったよ」

ノエリアは、言おうかどうか迷う。しかし、口に出さないと伝わらないのだ。黙っていないで気持ちを伝えないと。

「……あとは、わたしが寂しいから」

そう言うと、シエルがノエリアの両手を包むみ、そして嬉しそうに微笑んだからノエリアも心が温かくなる。

「リウにも言われた。きみが寂しがっていると」

「ごめんなさい。わたしのことは国王の職務が終わってから後ろのほうで構わないの。ひとり寂しく自分の帰りを待つ女がいると心の片隅に置いていてください」

「片隅なんて。きみはいつも胸の真ん中にいて俺を励ましてくれる」

繋いだ体温が愛おしい。シエルが疲れたときに自分を思いだしてくれているのだと思うと嬉しくて仕方がなかった。

「ノエリア。きみに報告があるのだが」

ソファに移動しようと思っていたがノエリアはシエルの隣に座った。

「なんでしょう」

「ひとり、貴族の娘を新しく侍女として迎えることになった」

侍女がひとり増えることをノエリアに話す意味があまりよく分からなかった。増えたところで特にノエリアには影響がない。王家と遠縁だとか、何らかの関係がある貴族だとか、理由があるのかもしれないがノエリアには関係ないと思う。もちろん、その侍女と顔を合わせることはあるのだろうが。

「そうですか。よい方なのでしょうね」

あまり興味がないのでそう返事をした。しかし、シエルの様子がなんだかおかしい。

「どうしたの?」

なにか言い淀んでいる。顔を伺っているとシエルはノエリアに視線を合わせる。

「……カーラだ。カーラ・スタイノ」

一瞬、驚きで息が止まる。

忘れるはずもない、ヒルヴェラが失墜した元凶はスタイノ公爵でありそのひとり娘がカーラ。

スタイノは、ノエリアの母カチェリーナに片想いをしていたが、彼女の結婚が決まったのでふられてしまったのだ。結婚相手がノエリアの父サンポになるのだがスタイノにしてみれば恋敵が自国の伯爵で格下だったために腹を立てる。そして当時ノエリアの祖父カリッツォが前国王と懇意にしていたことも恨みの種になり、献上物の薬草に毒草を混ぜ陥れヒルヴェラ家を出入り禁止にし、果ては失墜させたのだ。さらに、年月が経過し成長したノエリアをさらう計画までしていたのである。そのうえ、スタイノはヒルヴェラを陥れただけでなくシエルの命を狙う元騎士団長のサイルに協力し悪事を重ねていた。
                                      
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