隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
「スタイノ公爵……もう公爵じゃなくなっているか。爵位剥奪のあとひっそり国外に出たが世間体には病気ということにしてある。その後カーラは親戚の貴族に養子縁組したらしい」
父と娘だけだったスタイノ家。事件発覚後に公爵の爵位は剥奪、国王反逆の罪で国外追放となった父は娘ひとり残すわけにいかず親戚に預けたのだろう。
公爵令嬢としてなに不自由なく育ったカーラの身に突然降りかかった不幸。
スタイノが国を出たことまでは知っていた。そしてたしかに、娘カーラに罪はない。それどころか、スタイノの陰謀に道具として使われるところだったのだ。
「そう、ですか」
「リウが事務的なことをやってくれていたのだけれど、カーラが養子縁組した親戚と折り合いが悪く、とはいえ行くところがないから王宮へと本人から申し出があったんだ」
ここしか来る場所がなかったということか。細くとも忌み嫌われる縁であっても、縋りたかった。思えばかわいそうな娘だ。
公爵家のひとり娘で母親はすでに他界している。地位も金もあったのでスタイノはシエルの王妃候補としてカーラとの縁談を持ち込んだが進まず、その間にシエルはノエリアと出会い見初めた。
サイルによる国王襲撃のせいでノエリアと出会い、カーラの縁談が失敗に終わったなんて皮肉なものだ。
「自分の知らないところで色々なことがあったのに親戚に渡されるなんて、お辛いでしょうね」
「心情は計り知れないな。かわいそうだと思う。だから、人助けだと思って」
「シエル様が決めたことなら、わたしは異存ありません」
返事をすると、シエルがノエリアの頭を撫でる。
「なに?」
「……きみも辛い思いをしたのにな」
ノエリアがシエルを助け、その後にここ王宮で開かれた晩餐会に招待されたとき、カーラに罵られたのだ。ヒルヴェラが失墜する原因になった毒草混入事件を騒がれてノエリアは晩餐会会場を飛び出した。
毒草混入事件は結果的にはスタイノの仕業だったのだが。
晩餐会での出来事は悲しかったがヒルヴェラの疑いは晴れたし、ノエリアとしては、いまはなんとも思っていなかった。
「それなのにカーラを嫌と言わないなんて、優しいなと思って」
「シエル様。わたしが反対するとでも思ったの?」
そうじゃないけれど、と首を傾げてからシエルはお茶を飲んだ。
「すぐにでもあがりたいらしいから、決定通知を出したら日取りが決まるだろう。そうしたらきみにまた教えるよ」
むしろ自分はカーラに嫌われているのだから、彼女が王宮にあがりたいと申し出る方が不思議であり複雑な心境だ。
「もともとはカーラ様が王妃候補だったのだから、わたしはなんていうか、いなければ今頃彼女は」
「おいおい、ちょっとなにを言い出す」
シエルは繋いでいた手をきゅっと握ってきた。
「カーラを妃にという縁談を持ちかけられていたのは間違いないけれど、俺にその気がなかったんだぞ」
たしかに、そのようなことだったと記憶している。カーラのほうは輿入れする気満々でいたのだが。
「いなければなどと二度と言うんじゃない。いま俺の隣にいるのはノエリアだけなのだから」
勿論、心から自分がいなければと思ったわけではなくなんとなく口にした言葉だったけれどシエルは少し怒っている。左右少し色の違う緑の瞳は、濡れたように光っていた。返事の代わりにノエリアは頷く。
(そうね。信じないでどうするの)
父と娘だけだったスタイノ家。事件発覚後に公爵の爵位は剥奪、国王反逆の罪で国外追放となった父は娘ひとり残すわけにいかず親戚に預けたのだろう。
公爵令嬢としてなに不自由なく育ったカーラの身に突然降りかかった不幸。
スタイノが国を出たことまでは知っていた。そしてたしかに、娘カーラに罪はない。それどころか、スタイノの陰謀に道具として使われるところだったのだ。
「そう、ですか」
「リウが事務的なことをやってくれていたのだけれど、カーラが養子縁組した親戚と折り合いが悪く、とはいえ行くところがないから王宮へと本人から申し出があったんだ」
ここしか来る場所がなかったということか。細くとも忌み嫌われる縁であっても、縋りたかった。思えばかわいそうな娘だ。
公爵家のひとり娘で母親はすでに他界している。地位も金もあったのでスタイノはシエルの王妃候補としてカーラとの縁談を持ち込んだが進まず、その間にシエルはノエリアと出会い見初めた。
サイルによる国王襲撃のせいでノエリアと出会い、カーラの縁談が失敗に終わったなんて皮肉なものだ。
「自分の知らないところで色々なことがあったのに親戚に渡されるなんて、お辛いでしょうね」
「心情は計り知れないな。かわいそうだと思う。だから、人助けだと思って」
「シエル様が決めたことなら、わたしは異存ありません」
返事をすると、シエルがノエリアの頭を撫でる。
「なに?」
「……きみも辛い思いをしたのにな」
ノエリアがシエルを助け、その後にここ王宮で開かれた晩餐会に招待されたとき、カーラに罵られたのだ。ヒルヴェラが失墜する原因になった毒草混入事件を騒がれてノエリアは晩餐会会場を飛び出した。
毒草混入事件は結果的にはスタイノの仕業だったのだが。
晩餐会での出来事は悲しかったがヒルヴェラの疑いは晴れたし、ノエリアとしては、いまはなんとも思っていなかった。
「それなのにカーラを嫌と言わないなんて、優しいなと思って」
「シエル様。わたしが反対するとでも思ったの?」
そうじゃないけれど、と首を傾げてからシエルはお茶を飲んだ。
「すぐにでもあがりたいらしいから、決定通知を出したら日取りが決まるだろう。そうしたらきみにまた教えるよ」
むしろ自分はカーラに嫌われているのだから、彼女が王宮にあがりたいと申し出る方が不思議であり複雑な心境だ。
「もともとはカーラ様が王妃候補だったのだから、わたしはなんていうか、いなければ今頃彼女は」
「おいおい、ちょっとなにを言い出す」
シエルは繋いでいた手をきゅっと握ってきた。
「カーラを妃にという縁談を持ちかけられていたのは間違いないけれど、俺にその気がなかったんだぞ」
たしかに、そのようなことだったと記憶している。カーラのほうは輿入れする気満々でいたのだが。
「いなければなどと二度と言うんじゃない。いま俺の隣にいるのはノエリアだけなのだから」
勿論、心から自分がいなければと思ったわけではなくなんとなく口にした言葉だったけれどシエルは少し怒っている。左右少し色の違う緑の瞳は、濡れたように光っていた。返事の代わりにノエリアは頷く。
(そうね。信じないでどうするの)