隻眼王の愛のすべて < コウ伝 >
「ちょっと待っていて。いい機会だ」
シエルは立ち上がり隣室へ行く。しばらくして戻ってくると、片手に乗る大きさの青色のベルベッドが貼られた小箱を持ってきた。
「きみに、これを」
なんだろうと受け取る。開けてみなさいとシエルが指さすのでノエリアは蓋をゆっくりと開けた。
中には、エメラルドが中央で輝く金細工が収まっていた。
「……ブローチ、ですね」
王冠を葉が囲むデザインで、これはリンドベリ王家の紋章である。王冠の中央に美しく濡れたように光るエメラルド。親指をふたつ合わせたよりも大きい石だった。エメラルドの大きさもさることながら葉の象りは透かし模様で金細工として見ても高価なものだと分かる。
「これを、ノエリアに贈る。本当はもっと早く渡したかったんだけれど」
「こんな高価なもの……」
晩餐会に招待されたときも高価なドレスや靴の数々をプレゼントしてくれた。いまでも大事に使っているのだけれど、こうあれこれと品物を贈られるわけにはいかない。
「これはね、特別だよ。ドラザーヌの王妃が代々受け継ぐものなんだ。何代も前の王妃が、当時の国王への愛の証として国内の腕の立つ職人に依頼し作成させたと聞く。母上が生きていたらノエリアに直接渡されただろうけれど……俺がいつか妻を迎えた時のためにずっと大事に保管していた」
今は亡き王妃、シエルの母は肖像画でしか分からない。顔立ちはシエルと似ていた。シエルの亡くなった兄は先の王太子であったから、生きていたらその王太子妃に受け継がれたものだったかもしれない。
しかし、ノエリアの手に渡ってきた。
「皆の前で戴冠する王冠や結婚指輪とはまったく別。王妃や王太子妃が静かに女だけで受け継いできたと聞いたよ」
「大事なものなのね。手が震えちゃう」
「結婚式で身に着けて欲しい。それから晩餐会や舞踏会にも着けていったらいい。紛れもないきみが王妃だという証だ」
意味がたくさん込められたものだと分かると、ずしりと重量が増したような気さえする。
「俺はあまり母の愛情が分からない。けれどそれを不幸だとは思わない。母上は兄が若くして亡くなったことに絶望して追うように亡くなったけれど、運命だったんだと思う」
弟のシエルがいるのに、兄に多大な期待をかけていた先代王妃はシエルを省みなかったという。
「これは、先代王妃が受け継ぐことができなかった悲しみじゃなく、俺が愛するきみへ渡せたという希望だよ」
「ありがとうございます。大事にするわ……」
そしてわたしも伝えていきたい。皆が思い描くようにできるか分からないけれど、ノエリアは伝えられてきた女性たちの思いも手にしたように感じた。
ブローチを持つノエリアの手をシエルが包む。
(ブローチは、あとで貴重品を仕舞う場所へ運ぼう)
そして結婚式に身に着けよう。握り返した手を引かれ、シエルの大きな胸に抱きしめられる。
「久しぶりにきみを抱いた。温かい」
「また冷えるようになったから……寒くありませんか? 別室で休まれているから分からないもの」
「そう思うなら、温めてくれ」
背中に回されていた手にまた力が込められる。
「そんなに力いっぱいしなくても、逃げませんよ。潰れちゃう」
「なにかの拍子に逃げるんじゃないかと心配になる」
「じゃあ、三日も放置しないでください」
「なに、拗ねているのか」
ベッドがきしんだ。シエルとベッドの間で押し潰されるような感覚で、キスを受ける。何度も何度も、噛みつくような。唇が解放されるとノエリアは自分から唇を求めた。
「ずっと、つかまえていてください」
ふっと笑ったシエルはノエリアの目を覗き込む。
「ブローチのエメラルドはシエル様の瞳の色と一緒ね……」
自分はシエルのものだ。そして、自分の中にある欲深い感情も自覚する。
(シエル様のこと、誰にも渡したくない)
先ほどの会話がそう思わせるのか分からない。自分の中にこんな感情が芽生えるなど思ってもいなくて、強欲に求めてしまう心は止めようもなかった。
求めて離したくなくて。
シエルは立ち上がり隣室へ行く。しばらくして戻ってくると、片手に乗る大きさの青色のベルベッドが貼られた小箱を持ってきた。
「きみに、これを」
なんだろうと受け取る。開けてみなさいとシエルが指さすのでノエリアは蓋をゆっくりと開けた。
中には、エメラルドが中央で輝く金細工が収まっていた。
「……ブローチ、ですね」
王冠を葉が囲むデザインで、これはリンドベリ王家の紋章である。王冠の中央に美しく濡れたように光るエメラルド。親指をふたつ合わせたよりも大きい石だった。エメラルドの大きさもさることながら葉の象りは透かし模様で金細工として見ても高価なものだと分かる。
「これを、ノエリアに贈る。本当はもっと早く渡したかったんだけれど」
「こんな高価なもの……」
晩餐会に招待されたときも高価なドレスや靴の数々をプレゼントしてくれた。いまでも大事に使っているのだけれど、こうあれこれと品物を贈られるわけにはいかない。
「これはね、特別だよ。ドラザーヌの王妃が代々受け継ぐものなんだ。何代も前の王妃が、当時の国王への愛の証として国内の腕の立つ職人に依頼し作成させたと聞く。母上が生きていたらノエリアに直接渡されただろうけれど……俺がいつか妻を迎えた時のためにずっと大事に保管していた」
今は亡き王妃、シエルの母は肖像画でしか分からない。顔立ちはシエルと似ていた。シエルの亡くなった兄は先の王太子であったから、生きていたらその王太子妃に受け継がれたものだったかもしれない。
しかし、ノエリアの手に渡ってきた。
「皆の前で戴冠する王冠や結婚指輪とはまったく別。王妃や王太子妃が静かに女だけで受け継いできたと聞いたよ」
「大事なものなのね。手が震えちゃう」
「結婚式で身に着けて欲しい。それから晩餐会や舞踏会にも着けていったらいい。紛れもないきみが王妃だという証だ」
意味がたくさん込められたものだと分かると、ずしりと重量が増したような気さえする。
「俺はあまり母の愛情が分からない。けれどそれを不幸だとは思わない。母上は兄が若くして亡くなったことに絶望して追うように亡くなったけれど、運命だったんだと思う」
弟のシエルがいるのに、兄に多大な期待をかけていた先代王妃はシエルを省みなかったという。
「これは、先代王妃が受け継ぐことができなかった悲しみじゃなく、俺が愛するきみへ渡せたという希望だよ」
「ありがとうございます。大事にするわ……」
そしてわたしも伝えていきたい。皆が思い描くようにできるか分からないけれど、ノエリアは伝えられてきた女性たちの思いも手にしたように感じた。
ブローチを持つノエリアの手をシエルが包む。
(ブローチは、あとで貴重品を仕舞う場所へ運ぼう)
そして結婚式に身に着けよう。握り返した手を引かれ、シエルの大きな胸に抱きしめられる。
「久しぶりにきみを抱いた。温かい」
「また冷えるようになったから……寒くありませんか? 別室で休まれているから分からないもの」
「そう思うなら、温めてくれ」
背中に回されていた手にまた力が込められる。
「そんなに力いっぱいしなくても、逃げませんよ。潰れちゃう」
「なにかの拍子に逃げるんじゃないかと心配になる」
「じゃあ、三日も放置しないでください」
「なに、拗ねているのか」
ベッドがきしんだ。シエルとベッドの間で押し潰されるような感覚で、キスを受ける。何度も何度も、噛みつくような。唇が解放されるとノエリアは自分から唇を求めた。
「ずっと、つかまえていてください」
ふっと笑ったシエルはノエリアの目を覗き込む。
「ブローチのエメラルドはシエル様の瞳の色と一緒ね……」
自分はシエルのものだ。そして、自分の中にある欲深い感情も自覚する。
(シエル様のこと、誰にも渡したくない)
先ほどの会話がそう思わせるのか分からない。自分の中にこんな感情が芽生えるなど思ってもいなくて、強欲に求めてしまう心は止めようもなかった。
求めて離したくなくて。