種も仕掛けも
種も仕掛けも
家族連れ、恋人同士、大人数の友人達でごった返す週末のショピングモール。
地方とは言え沢山の専門店が立ち並び、一軒ずつ見て回るにはとても一日では足りないほどだ。

だけどこうして私は、興味のある店をゆっくりと見て回ることができる。


ーー何故なら私には、有り余るほどの時間があるからだ。



「あ、このカップかわいいな」


雑貨屋でふと目に入ったのは、淡い水玉模様のマグカップ。黄色と黄緑色がバランスよく配置されていて、和む。ついでに隣にあった青色と灰色の水玉模様の色違いという存在に気付き、ため息がひとつこぼれた。


(駄目だ、出よう)


ふらりと店を後にする。
後方からは「ありがとうございました」と少し高めで律儀な声。悪いことはしていないけれど、何となく罪悪感を覚えて足早に立ち去った。


(……大丈夫。落ち込んでなんかいないんだから)


何度も何度もそう言い聞かせては、深呼吸して心を落ち着けてきた。

雑貨も駄目だった。その前は洋服屋。眺めているうちにあの人が好きだと言っていた色ばかり気になってしまい、退散した。音楽だって。CDショップの前を通りかかった時にたまたまBGMに流れていたのが、あの人の好きなアーティストの曲だった。


おかしい。
大好きだったはずのお店巡りが、何ひとつ楽しくない。どこへ行っても、何をしていても、思い出してしまうのだ。


ーー少し前まで付き合っていた、大好きだった元彼のこと。


この喧噪の中なら思い出すことなど無いと思っていたのに、案外人間は脆い生き物らしい。


< 1 / 9 >

この作品をシェア

pagetop