契約結婚なはずの旦那様に気づけばグイグイ迫られてます。
(ええと、読書スペースのさらに奥)

待ち合わせに指定された場所は壁で仕切られた個室スペースということだった。
見るとフロアの左奥に廊下が続いており、近づくと壁に仕切られたいくつかの個室がある。

個室といっても扉はなく必要な人は薄いカーテンを引く仕様になっているようだ。

リーシャは一番手前の個室に入ると長椅子に腰掛け、テーブルの上に持っていた封筒を放り投げた。
淑女らしからぬ所作だが、どうせ今は誰も見ていない。

待ち合わせの時間にもまだ早いということで、リーシャは気を抜いてしまっていた。
ぺたりとテーブルに両手と頭を投げ出して、冷たい板に頬を寄せる。

まぶたを閉じると少しだけカビ臭い古い紙の匂いがした。


「ずいぶん寛いでいるもんだな」

ふいに聞こえてきた声に、リーシャは慌てて顔を上げる。

「……ぁ」

個室の入口に背の高い男性が立っていた。
端正な顔立ちにすらりとした立ち姿。
パーティーの日は後ろに撫でつけられていた黒髪は今日は下ろされていて、形の良い額を覆っている。

だらしなくもテーブルに突っ伏していた姿をこちらを見下ろすその紫紺の瞳に見られたのだと思うと、リーシャの頬は赤くなり、恥ずかしさに目元は潤んだ。

それでもきちんと対応しなければと、リーシャは立ち上がって改めて男性の顔を見上げた。

と、何故か男性の顔が驚愕の色に染まる。
紫紺の艶やかな瞳が見開かれ、唇がわずかに震える。

その様子にどうかしたのだろうか?と内心首を傾げつつ、リーシャは丁寧に頭を下げた。
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