契約結婚なはずの旦那様に気づけばグイグイ迫られてます。
パシャリ。

小さな水音が耳を打った。
赤い流れがリーシャのパールグレーのドレスを染める。

ポタポタとドレスから滴り落ちた雫は床にほんの小さな水溜りを作った。

「イヤだ、ごめんなさい。手が滑ってしまって」

そう言ってクスクスと笑ったのは見事な金髪縦ロールに目がチカチカしてしまいそうなほどこれでもかと宝石を纏ったご令嬢。

背後には取り巻きを三人従えている。
いかにもな貴族令嬢っぷりに、リーシャは一瞬ポカンとしてしまった。

(やだ、恋愛小説に出てくる悪役令嬢そのものじゃない)

庶民の読みものである恋愛小説は、貴族からすると低俗であるらしいから、真似ているというわけではないはずだ。

そもそもあえて真似るのに悪役令嬢を選ぶ人間も少なかろうが……。

リーシャは俯いて頭を下げたまま、必死に笑いを堪えた。

そういえばパーティーでワインをかけるというのも、悪役令嬢の行動として定番ではないかと。

俯いて微かに肩を震わせるリーシャの様子を泣いているとでも誤解したものか、令嬢はフフンと肩をそびやかしていっそう意地悪く笑う。

「でもあなたにはお似合いよね?本来ならこんなところにいるべきではない人間だもの」
「本当に」
「身の程知らずの庶民には汚れたドレスがお似合いですわ」
「あら皆様そんな風に言ってはお気の毒ですわよ?
彼女、お父親よりお年を召した方の後妻になるべく必死なのですって。さすが庶民よね?お金さえあればどなたにでも……ねぇ」

リーシャは顔を下げたまま、一言も発しなかった。
言い返そうなんてつもりはこれっぽっちもない。
黙して彼女らが飽きるのを待つ。

ただ早く終わらないかな、とは思っていた。
急いでシミ抜きをしないと、帰ってから本妻にまた嫌味を言われるし、折檻も受けることになる。
折檻といっても痕や傷が残るような暴力を受けることはないが、夜中に冷水を頭からかぶせられたりは普通にあるのだ。
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