契約結婚なはずの旦那様に気づけばグイグイ迫られてます。
男性が身体の向きを変え、リーシャに背を向ける格好になった。と、思うと…………!
(……んにゃあぁぁ!?)
わずかに背を曲げて少年に覆いかぶさるその角度は!!
リーシャは両手で叫び声を上げてしまいそうな口元を塞いだ。心の中では大絶叫だったけれど。
(あの角度、あれは、あれってば…………やっぱりそうよね?それしかないわよね?)
キス。口づけ。接吻。
ぐるぐると頭の中を同じ意味合いの言葉が踊り狂う。
リーシャは目をまん丸にして、数秒間微動だにしないでそれを見つめていた。
だがふいに自身の中で「これはいわゆる覗き、あるいは出歯亀というものではないか?」と心の声がした。
いや、あくまでも偶然で……けれど立ち去らずにいるのもまた自分の意思で……しかもガッツリ見物している。
リーシャは改めて自身の立ち位置を見つめた。
駄目だ。
こちらからしっかり見えるのだから当たり前なのだが、もし、今あの二人のどちらか、あるいは二人ともがほんの少し視線を動かせばーー。
(丸見えじゃない!)
気づくなりリーシャの動きは機敏だった。
サッと間近の木の後ろに移動する。
それでも目から上だけはひょっこりと出して見ると、キスは終わったようで、少年が一歩後ろに下がり、背を向けていた男性の顔がこちらを向いた。
(…………ぇ?)
位置が変わったおかげで男性のその顔がしっかりバッチリわかる。
(ディミタス候爵様?)
アンリ・ディミタス候爵閣下。
社交界では知らぬ者のいない有名人だ。
漆黒の髪に紫紺の瞳、端正な顔立ちの候爵様。
20代の若さで候爵位を継ぎ、堅実に広大な領地といくつもの荘園や事業を運営して拡大もしているという。
(…………そういうことだったのね?!)
リーシャは一人で納得してむにゅむにゅと唇を動かした。
ディミタス候爵といえば社交界随一のモテ男でありながら20代半ばまで何故か独身のまま。
女嫌いだとか実はロリコンではないかとか色々噂されていたけれど。
(女性じゃなくて男性が好きな人なんだわ)
いえ、とリーシャは頭を振る。
きっとそうではなくて。
恋に落ちた人が少年だったということだ。