契約結婚なはずの旦那様に気づけばグイグイ迫られてます。
アンナ嬢の父親ーーカレーリナ候爵は側妃様の弟にあたり、側妃様はアンナ嬢のことを自分の娘のように可愛がっているらしい。

さて、となればアンナ嬢の行動はお察しというもので。

彼女は自分を可愛がる国王陛下のご寵愛高い側妃様に泣きついたのだ。

「どうしてもディミタス候爵の妻になりたいの!」

ーーと。

噂によれば側妃様は王命での結婚を陛下に進言しているらしい。
今のところはまだ王命は下されていない。
けれどこのまま候爵が独り身を続けるようなら、近い内に下されるだろうというのが世の中の見解で。

王名となれば候爵でも逆らえない。


「どうでしょう?少なくとも、候爵様のお相手として候補に上ってらっしゃるご令嬢方よりも都合の良い妻にはなれると思いますわよ?」

沈黙に耐えかねたリーシャは手書きの契約書をずい、と机に滑らせて候爵の手元に押しやった。

「一応形式上は夫婦ということにはなりますけれどこちらに記載してある通り一切財産分与は必要ありませんし、妻らしい扱いなんてして頂かなくても結構です。なんなら私は屋敷の屋根裏か離れにでも置いて頂ければ十分です。それともメイドでも致しましょうか?すでにお調べだと思いますが、私は伯爵令嬢といってもつい最近までは平民でしたから掃除洗濯はもちろんお茶を淹れるのも得意ですわ!」

むん、とリーシャは胸を張ってドヤ顔をしてしまってから、取り繕うようににっこりとする。

「候爵様は結婚を迫る周囲の圧力からもご令嬢からも開放されて、私は私で望まぬ婚姻から逃げられる。つまりこの契約はお互いに利のあるものであると私は断言します!」

そして恋人とのイチャラブも決して邪魔しません!
胸の中でだけそう続けて、リーシャはしっかりと顔を上げてアンリの紫紺の瞳と目を合わせた。


……………………またしても沈黙。

(私、どうしてもうちょっと交渉スキル磨いて来なかったのかしら……)

なんとなく上手くいきそうな気はしていたのに。
ほんのちょっぴりだが、妙な自信だってあったのだが。なんだか似たような主張ばかりを繰り返してしまっているだけのようなーー。

(でもそんな上手い言葉なんて出てこないんだものっ!)

リーシャはガックリと内心で項垂れつつ、視線だけは離さずにいる。

離すと負けみたいな気分なのだ。

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