契約結婚なはずの旦那様に気づけばグイグイ迫られてます。
瞬きすらしてはいけない気がして、リーシャはひたすらディミタス候爵の尊顔をじっと見つめ続けた。

やはり恐ろしく整っている。
睫毛なんて確実に自分よりも長いのではなかろうか。
濃い紫紺の瞳はどこか神秘的で、完璧な位置に配置された目鼻立ちは一流の職人が作り上げた彫刻のよう。色の薄い唇がわずかに口籠るように動く様も息を飲むほどの美しさがある。

美しいけれど、冷たさも、色香も、男らしさもある。

これまでの人生の中でリーシャが接してきた男性といえば同じ年頃の近所の少年たちか、親世代ばかりであった。しかも同じ年頃といってもリーシャが父親に引き取られるよりも以前の友人たちで、つまりは幼い子供時分の話。社交の場には連れ出されていても、リーシャに話しかけてきたり、ダンスに誘ったりする奇特な令息もまずいない。

こんなーー若い、けれど大人の男性とまともに顔を見合わせたことなんて……。

(いやいやいや、私、しっかり!)

勝手に高鳴る鼓動に、リーシャは思わず目を逸して勘違いするなと己に言い聞かせた。
顔が良い大人の男って怖い。
ただ視線を合わせているだけでドキドキさせるのだから。

刃傷沙汰が起きたことさえあるというのも納得かも知れない。

(そりゃこれだけ顔が良くて地位もあってお金もあって、しかも面倒な姑もすでにいないとなれば、女性はほっとかないわよね)

アンナ壌が少々強引な手に出たのもムリはないのかも。

(うん。納得納得)

けれど、とリーシャは内心でブンブンと頭を振る。

(ダメよ、私。意識しちゃダメ)

頭の中はグルグルしているものの、リーシャはわずかに目を逸しただけで表面上はすまし顔をしている。ちょっぴりこめかみと口元がひくついている気はするが。

万が一にもリーシャがディミタス候爵を男性としていると悟られてしまったら、この契約結婚はきっと拒否されてしまう。







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