契約結婚なはずの旦那様に気づけばグイグイ迫られてます。
リーシャは何故だかそわそわする気持ちを押し隠してディミタス侯爵の鼻辺りに視線を向けた。
こうすると相手にはちゃんと目を見ているように見える。はずだ、たぶん。

(だいたい私ったらなんでこうドキドキしちゃってるわけ?)

やはり顔か。顔が良いからか。
我ながら――。

(……チョロすぎでしょう)

下町で、同年代の男のコたちと接点があった頃はまだリーシャ自身も子供だった。
10を過ぎたあたりからは義父の営む食堂を手伝う母親の代わりの家の家事と寝込みがちな弟の看病に、孤児院の手伝いにマザーの教育と、ろくに近所付き合いをする暇もない忙しさだった。
伯爵家に引き取られてから接点のある男性というと父親とそれよりも年が上の執事くらい。
邸には他にも男性の使用人はいるものの、顔を合わしまともな会話らしきものを交わすのはその二人だけ。

要するに免疫がないということなのだろう。

リーシャの頭の中はドキドキしたりソワソワしたりグルグルしたりと大変忙しかった。

「――――」

おかげで、なにやら言われたらしい台詞を聞き逃した。

「――へ?」

今、何か言われたわよね?
唇が確かに動いていたし。

ぱち、とリーシャは一度瞬きして、視線を僅かに落とす。

形の良い、薄く色づいた唇に。

口紅を塗っているはずもないのに、ほんのりと薄紅色の唇は、今は動いていない。
けれど先ほどは動いていたのだ。
そして何やら言葉を発していた。

その音はまったく耳に残っていないけれど、でも唇の動きは目に入っていたはず。

それならば唇の動きを思い出せば、聞き逃してしまった台詞も推測がつくはず。……たぶん。
そうそう確か――。

「悪くない、が」

ごく短い言葉で――たぶん4文字分くらい。
…………ん?

「こんな紙切れの契約書では話にならない。契約するなら魔法契約を」

――はい?



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