契約結婚なはずの旦那様に気づけばグイグイ迫られてます。
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行くべきか行かざるべきか。
ゆったりとした朝の空気の中、裏腹に眉間に皺を寄せながら、アンリは侍従の淹れた紅茶を口にした。
「そうやって悩んでいる時点で心の中はすでに決まってるんじゃないですか?」
「……それは、だが」
「美人だったじゃないですか。家柄も伯爵家なら問題ない。何より二年後には円満離婚ですか?なかなかない高物件だと思いますけど」
女性に対し物件扱いなのはどうかと思う。
「それはそうだが……」
煮えきらないのも致し方なかろう。
事は、結婚なのだから。
「俺は悪くないと思いますけどね。あのご令嬢。まあ、カンですけど。ーーで?どうするんです?」
行くならそろそろ時間なくなりますけど?
と空々しく時計をチラ見しながら言う侍従をアンリは渋面で睨みつけた。
ロイ・クラトン。
一つ年上の幼馴染でその昔は兄貴分だった気のおける侍従は、二人きりということもあり遠慮も容赦もない。
子爵家の三男坊であるロイは官吏としての誘いも、貴族家への婿入りの誘いも蹴ってアンリの侍従というディミタス候爵家の一使用人という立場に身を置いている。
他の誰よりも信用も信頼もでき、素を見せることもできる存在だが、時として頭が上がらない存在にもなるのは困りものだ。