散りゆく花泥棒と夜明けを待つ花嫁
 いただきますと手を合わせてから箸で持った烏賊の天ぷらは、さくさくと香ばしい音と共に烏賊の仄かな甘みとタルタルソースが絶妙で、持った箸が止まらなかった。
「え……やばい。美味しい。美味しい」
「やばいってなんや、ったく。おまけ焼いたるわ」
 おじさんがボウルに小麦粉を入れて何か作りだしたのを横目に、省吾を見た。
「こんな穴場、どこで見つけたの」
「さあ。でも、どーせちとせは、お洒落なレストランで高い飯ばっか食べてるだろうから敢えて、こんなぼろい店にしてみた」
「聞こえんぞ、ガキ」
「おっちゃんは黙ってて」
 ご飯を掻き込むと耳を真っ赤にしていた。
 都会に染まった私に対抗心を燃やしたのだろうか。
「……デートで旦那になる人とこんなご飯ばっか食べてんだろうなってこと!」
「ああ、まあ、そうかな。そうかも」
 私の恋人に対抗心を燃やしていたということか。
「でも、省吾とのご飯の方が美味しいね」
 確かにお洒落で高そうなメニューばかりのレストランによく行った。でも驚く私に彼は満足していて、対等と言うより施しを受けている田舎娘みたいでいやだったし、少しずつしか運ばれてこない食事で、彼はいつも気取っていて心を打ち明けるような場面にはならなかったっけ。
 まるで恋愛映画の主人公になったような、場面場面は幸せで、場面場面はきっと皆が憧れる世界だったんだと思う。
 自分で自分の恋愛映画を見ている気持ち。
「ほら、これサービスのアメリカンドック」
「わー、ありがとうございます」
 美味しくて頬張ると、省吾も嬉しそうで、思い出に花を咲かせながら閉店までずっと私お省吾とおじさんは話し続けたのだった。
「ごちそうさまー。美味しかった」
「……あのさあ」
 軽トラに乗りながら、省吾は不満そうだ。
「なに?」
「なんで誘拐されてるちとせが、御飯代払おうとすんの」
< 6 / 16 >

この作品をシェア

pagetop