散りゆく花泥棒と夜明けを待つ花嫁
エンジンをかけると、前かがみになりハンドルに顎を乗せた。
「えー……結局割り勘にしたじゃん」
「そうじゃなくて。普通は俺に払わせるでしょ!」
「なんで? 今日は省吾の誕生日なのに。誕生日ぐらい私が驕るよ」
首を傾げると、省吾の顔が悔しそうにくしゃくしゃになる。
「何か一つでも格好つけさせてよ」
唇を尖らせながら言い放った言葉は、全く格好良くなくて笑ってしまった。
道路は眠くなりそうなほど真っすぐな道を進み、真っ暗で電灯もなく少しづつ田舎へと進んでいくのが分かった。
「俺、大学受かってん」
「へー。どこ?」
「ちとせの実家の近く」
「ということは県立大学か。頭いいねえ」
偉い偉いと頭を撫でようとしたが、怒られそうなのでやめておいた。
古い軽トラの中、電波の悪いラジオの音と、少し不機嫌そうな省吾の横顔。
退屈なのに、人質の私には発言力はないのだろう。
「一人暮らしのために役所で転居届とか色々するじゃん」
「うん」
「そしたら俺、いつのまにか爺ちゃんの養子になってた」
「……へえ」
全く省吾を顧みることのなかったあの両親ならば有り得そうな話だった。
「で、親は離婚してて、再婚してるみたいだった」
「……懲りないねえ。親になっちゃダメな人間っていると思うんだけどなあ」
「全く心は痛まなかったし、名前を見てもなんでか他人みたいだった。読んだことのない本の主人公みたい」
「そう。だったら省吾にとっては、おじいちゃんとうちのお婆ちゃんが家族なんじゃない?」
仕方ないよねえって言うと運転中にもかかわらず省吾は目を見開き、私を見た。
「なに?」
「いや、俺が冷たい奴なんだと思ってたのに」
「なんで。自分に何もしてくれなかった人間に、私たちは縋りつくほど惨めじゃないでしょ。幸せなんだから、幸せじゃなかった記憶はいらないんだよ」
「……そうかもしれない」
前を見なよ、危ないよって言うと省吾はずっと前を見続けていた。
「えー……結局割り勘にしたじゃん」
「そうじゃなくて。普通は俺に払わせるでしょ!」
「なんで? 今日は省吾の誕生日なのに。誕生日ぐらい私が驕るよ」
首を傾げると、省吾の顔が悔しそうにくしゃくしゃになる。
「何か一つでも格好つけさせてよ」
唇を尖らせながら言い放った言葉は、全く格好良くなくて笑ってしまった。
道路は眠くなりそうなほど真っすぐな道を進み、真っ暗で電灯もなく少しづつ田舎へと進んでいくのが分かった。
「俺、大学受かってん」
「へー。どこ?」
「ちとせの実家の近く」
「ということは県立大学か。頭いいねえ」
偉い偉いと頭を撫でようとしたが、怒られそうなのでやめておいた。
古い軽トラの中、電波の悪いラジオの音と、少し不機嫌そうな省吾の横顔。
退屈なのに、人質の私には発言力はないのだろう。
「一人暮らしのために役所で転居届とか色々するじゃん」
「うん」
「そしたら俺、いつのまにか爺ちゃんの養子になってた」
「……へえ」
全く省吾を顧みることのなかったあの両親ならば有り得そうな話だった。
「で、親は離婚してて、再婚してるみたいだった」
「……懲りないねえ。親になっちゃダメな人間っていると思うんだけどなあ」
「全く心は痛まなかったし、名前を見てもなんでか他人みたいだった。読んだことのない本の主人公みたい」
「そう。だったら省吾にとっては、おじいちゃんとうちのお婆ちゃんが家族なんじゃない?」
仕方ないよねえって言うと運転中にもかかわらず省吾は目を見開き、私を見た。
「なに?」
「いや、俺が冷たい奴なんだと思ってたのに」
「なんで。自分に何もしてくれなかった人間に、私たちは縋りつくほど惨めじゃないでしょ。幸せなんだから、幸せじゃなかった記憶はいらないんだよ」
「……そうかもしれない」
前を見なよ、危ないよって言うと省吾はずっと前を見続けていた。