異国の王子の花嫁選び
第三夜 選抜試験
11、一次試験
仕立て屋の看板娘のアリーナは18才。
近所で評判の、とびっきりの美人である。
アクア姫にもマリン姫にも負けず劣らない、仕立て屋の美しい娘さん。
それが、アリーナってどんな人?と聞かれたときに、しばし使われる表現である。
アリーナ自身は、自国の姫よりも実際のところは自分の方が美しいのではないかと思っている節もある。
5人のお針子を抱える、彼女の働く仕立て屋では、仕事の手が速いアリーナは大事にされている。
ただひとりを除いてだ。
「最近、アリーナはやる気がないのではないか?」
彼女に仕立てのいろはを教えた5つ上の先輩のハサムは、彼女に対して他の人達と違って厳しい物言いをする。
彼は、アリーナが仕上げた顧客のジャケットを検品していた。
アリーナは、先輩面をして何かと難癖をつけるハサムは、自分のことを嫌いなのではないかと思っている。
それならそれで良かった。
全ての人に好かれる必要はない。
「仕事はきっちりしています」
アリーナは言い返す。
「そうか、ならいいんだが、、。お客様が袖を通されるものだ。気を引きしめていけよ。
お前が仕上げたものは俺が検品する」
と言って、ハサムは引き下がる。
彼はそのジャケットをハンガーに掛けた。
それを見て、ハサムがなんと言おうとほれぼれとする仕上りではないか?とアリーナは思う。
「ハサムはアリーナにきついよね、、、」
同じお針子のララがこそっと囁く。
さらにララはアリーナにすり寄った。
「、、で、アリーナのところにあれ来た?」
「あれ?」
「明日の、花嫁選びの試験のことよ!」
ララの声が裏がえった。
ギロリとハサムが二人を睨んだ。
もちろん届いている。
実は、今日はまったく仕事になっていない。
寸法は書き間違える。お客の名前は間違える。受け渡しの品は間違える。
それは、アリーナだけのことではない。
ララも含めた独身女子の全員がそうである。
昨日、彼女は赤い封筒を受け取った。
その中身がベルゼラの王子の花嫁試験の案内と知り、身体中の血が沸き立った!
先日の夜に見た、12人の揃いの鎖帷子に赤いマントと楯、デクロアでは希な黒髪の男達が、膝を高くして蹄をひびかせる黒馬にまたがった姿は、記憶に鮮やかだ。
異国の王子一行の、かがり火に照らされた冷たくもその幽玄な美しさに、アリーナの心は鷲掴みされたのだ。
彼らが実際に現れるまでは、デクロアのほとんどがそう思っているように、生まれながらにデクロア国のためにその身を捧げる定めの、アクア姫やマリン姫に感謝しながらも、かわいそうだと思っていた。
戦争ばかりしている草原の国々の争いに巻き込まれることを避けるために、貢ぎ物として美姫を人身御供にしてきた暗黒の歴史の上に、今の平和なデクロアが成り立っている。
だが、あの夜、その感謝と憐れみの気持ちが180度ひっくり返った。
アリーナは彼らの後姿をいつまでも見ていた。
その時から、黒馬にまたがったベルゼラの王子に抱き抱えられながら、同じ道を通りデクロアを後にするだろう、アクア姫かマリン姫を羨ましく思ったのだ。
そう思った女子は多いと想像できる。
ここにいる同じ年のララもそうだろう。
「明日、わたしのライバルはアリーナよ!まずは筆記試験、そして体力テスト?
お互い悔いなくがんばりましょうね!」
そして、翌日。
一次試験の朝。
8時開門と同時に、運動着の女子たちが、会場となった王城 西の宮 花の間に向かう。
アリーナもララも王城に入るのは初めてである。王城の様子を観察する余裕はない。
それよりも、この選抜試験を受ける他の娘たちが気になる。
皆動きやすいパンツスタイルに、思い思いの本か何かを持ってきていた。
傾向と対策も立てられない、前例のない試験にできることは何もないが、ずっしりとしている鞄は、精神安定剤的なお守りのようなものだろう。
アリーナの鞄の中にも、仕立ての学校に通っていたときの分厚いテキスト本がはいっている。
選ばれるのはたった一人である。
選抜試験を勝ち抜いて、王子と直接会って話さえすれば、王子の心を射止めることもあり得ると思うのだ。
会場は三人掛けの長テーブルが、びっしりと並べられていた。
ひとテーブルに二人ずつ座ることになっていた。
入り口で城勤めの者が、赤い手紙を確認して、場所を教えてくれる。
アリーナの場所は真中だった。
ララと場所が離れてしまう。
まだ時間があるので、アリーナは落ち着くために、持ってきていた仕立ての本を開いた。
「お仕立ての本?良き妻として裁縫は必須よね」
そっと声をかけられて、アリーナは顔をあげた。
横の席に、金茶の髪を後でひとつに結んだ娘が座ろうとしていた。
「ええ、まあ」
「あ、ごめんなさい。お邪魔しました」
にっこり娘は笑う。
屈託のない可愛らしい笑顔だった。
アリーナよりも年下だ。一番下の16才だろう。
「いいの、こんなのどうせでないから!」
「そうかな?」
ふふっと隣の娘は笑う。
「たぶん簡単な○×問題よ。これだけの人数だから、採点は手間をかけたくないはずよ。そして、範囲は勉強だけでなくて、網羅的にでそう。
料理、裁縫、家事、育児なんかもありそうじゃない?」
なるほど。
アリーナはそう思うと気が楽になった。
さらに金茶の娘はいう。
「きっと、試験は会場にはいった時から始まっていると思っていいわ。
気を抜かずにいきましょっ」
アリーナはびっくりする。
この娘はこの年で、試験慣れしているようだった。
「あんたは、名前は何て言うの?」
アリーナは娘が、美しいブルーグレイの瞳をしていることに気がついた。
「わたしは、、シーア」
アリーナの隣はリシアだった。
彼女は娘達の中に溶け込んでいる。
その時、他の娘とは決して混ざり込めない娘が会場入りする。
その娘は白銀の髪を三編みにしてまとめている。
離れていてもわかる、涼やかな目許、ま白く内側からかがやくような肌をしている。
服はパンツスタイルであるが、アリーナにはその服が、彼女のためだけに作られたものであるのがわかる。
運動服でさえ、とても似合っている。
一足ごとに、りんと鈴の音が聞こえるような、美しさだ。
彼女の後ろには、三人の騎士ならぬ独身の友人たち。
「アクア姫だ、、」
アクア姫の登場にため息とともに会場がざわめいた。
次々に立ち上がって、アクア姫を迎える。
「皆さま、おはようございます。持てるものすべてを出しきって、ベルゼラのためにがんばりましょう」
軽くアクア姉は挨拶をする。
「どんな格好でも、いつもきれいねえ」
とアリーナの隣の娘、シーアが呟く。
その言葉のどこかが引っ掛かったが、分析する前に、別のざわめきに忘れてしまう。
「マリン姫だ!」
真っ赤な赤毛を炎のようにゆらして、肉感的な娘が入ってきた。
はち切れんばかりの胸に締まったウエスト。高い位置のお尻。
カツンカツンとヒールを響かせて、他の全ての娘を威圧する。
再び娘たちは立ち上がる。
「わたしのことは気にしないでね!楽しんでいきましょう」
とマリン姫。
深く胸に響く声だった。
「ヒールで試験ってマリン姉もかますわね~!」
シーアがひょうひょうと呟いた。
自分は二人と同じぐらい美しいと思っていたのが、本当に恥ずかしくなる。
アリーナは二人の姫に圧倒されていた。
アクア姫とマリン姫は別格だった。
会場入りするだけで、感嘆のため息を誘うのが、デクロアの美姫たちなのだ。
自分は勝ち目がないのではないか?
その思いを見透かしたように、シーアはアリーナにいう。
「まあ、万が一ということもあるし。
この取組みも破天荒で面白いし、お祭りと思って楽しみましょう!」
ブルーグレイの瞳がアリーナにウインクした。
「そうよね、お祭りね!」
10時ぴったりに試験の鈴が鳴らされる。
試験は隣の娘の予想した通り、○×での解答を求める問題だった。
問題は試験監督が読んで、その場で手元の紙に解答を書いていく。
さらに、何よりも会場の女子たちが驚いたのは、最初から最後まで、異国の言葉のベルゼラ語で進めれたのだ。
続く、聞き取りではない配布のテスト問題は、社会常識的なものから一般教養、国際情勢までカバーする幅広い出題だった。
近所で評判の、とびっきりの美人である。
アクア姫にもマリン姫にも負けず劣らない、仕立て屋の美しい娘さん。
それが、アリーナってどんな人?と聞かれたときに、しばし使われる表現である。
アリーナ自身は、自国の姫よりも実際のところは自分の方が美しいのではないかと思っている節もある。
5人のお針子を抱える、彼女の働く仕立て屋では、仕事の手が速いアリーナは大事にされている。
ただひとりを除いてだ。
「最近、アリーナはやる気がないのではないか?」
彼女に仕立てのいろはを教えた5つ上の先輩のハサムは、彼女に対して他の人達と違って厳しい物言いをする。
彼は、アリーナが仕上げた顧客のジャケットを検品していた。
アリーナは、先輩面をして何かと難癖をつけるハサムは、自分のことを嫌いなのではないかと思っている。
それならそれで良かった。
全ての人に好かれる必要はない。
「仕事はきっちりしています」
アリーナは言い返す。
「そうか、ならいいんだが、、。お客様が袖を通されるものだ。気を引きしめていけよ。
お前が仕上げたものは俺が検品する」
と言って、ハサムは引き下がる。
彼はそのジャケットをハンガーに掛けた。
それを見て、ハサムがなんと言おうとほれぼれとする仕上りではないか?とアリーナは思う。
「ハサムはアリーナにきついよね、、、」
同じお針子のララがこそっと囁く。
さらにララはアリーナにすり寄った。
「、、で、アリーナのところにあれ来た?」
「あれ?」
「明日の、花嫁選びの試験のことよ!」
ララの声が裏がえった。
ギロリとハサムが二人を睨んだ。
もちろん届いている。
実は、今日はまったく仕事になっていない。
寸法は書き間違える。お客の名前は間違える。受け渡しの品は間違える。
それは、アリーナだけのことではない。
ララも含めた独身女子の全員がそうである。
昨日、彼女は赤い封筒を受け取った。
その中身がベルゼラの王子の花嫁試験の案内と知り、身体中の血が沸き立った!
先日の夜に見た、12人の揃いの鎖帷子に赤いマントと楯、デクロアでは希な黒髪の男達が、膝を高くして蹄をひびかせる黒馬にまたがった姿は、記憶に鮮やかだ。
異国の王子一行の、かがり火に照らされた冷たくもその幽玄な美しさに、アリーナの心は鷲掴みされたのだ。
彼らが実際に現れるまでは、デクロアのほとんどがそう思っているように、生まれながらにデクロア国のためにその身を捧げる定めの、アクア姫やマリン姫に感謝しながらも、かわいそうだと思っていた。
戦争ばかりしている草原の国々の争いに巻き込まれることを避けるために、貢ぎ物として美姫を人身御供にしてきた暗黒の歴史の上に、今の平和なデクロアが成り立っている。
だが、あの夜、その感謝と憐れみの気持ちが180度ひっくり返った。
アリーナは彼らの後姿をいつまでも見ていた。
その時から、黒馬にまたがったベルゼラの王子に抱き抱えられながら、同じ道を通りデクロアを後にするだろう、アクア姫かマリン姫を羨ましく思ったのだ。
そう思った女子は多いと想像できる。
ここにいる同じ年のララもそうだろう。
「明日、わたしのライバルはアリーナよ!まずは筆記試験、そして体力テスト?
お互い悔いなくがんばりましょうね!」
そして、翌日。
一次試験の朝。
8時開門と同時に、運動着の女子たちが、会場となった王城 西の宮 花の間に向かう。
アリーナもララも王城に入るのは初めてである。王城の様子を観察する余裕はない。
それよりも、この選抜試験を受ける他の娘たちが気になる。
皆動きやすいパンツスタイルに、思い思いの本か何かを持ってきていた。
傾向と対策も立てられない、前例のない試験にできることは何もないが、ずっしりとしている鞄は、精神安定剤的なお守りのようなものだろう。
アリーナの鞄の中にも、仕立ての学校に通っていたときの分厚いテキスト本がはいっている。
選ばれるのはたった一人である。
選抜試験を勝ち抜いて、王子と直接会って話さえすれば、王子の心を射止めることもあり得ると思うのだ。
会場は三人掛けの長テーブルが、びっしりと並べられていた。
ひとテーブルに二人ずつ座ることになっていた。
入り口で城勤めの者が、赤い手紙を確認して、場所を教えてくれる。
アリーナの場所は真中だった。
ララと場所が離れてしまう。
まだ時間があるので、アリーナは落ち着くために、持ってきていた仕立ての本を開いた。
「お仕立ての本?良き妻として裁縫は必須よね」
そっと声をかけられて、アリーナは顔をあげた。
横の席に、金茶の髪を後でひとつに結んだ娘が座ろうとしていた。
「ええ、まあ」
「あ、ごめんなさい。お邪魔しました」
にっこり娘は笑う。
屈託のない可愛らしい笑顔だった。
アリーナよりも年下だ。一番下の16才だろう。
「いいの、こんなのどうせでないから!」
「そうかな?」
ふふっと隣の娘は笑う。
「たぶん簡単な○×問題よ。これだけの人数だから、採点は手間をかけたくないはずよ。そして、範囲は勉強だけでなくて、網羅的にでそう。
料理、裁縫、家事、育児なんかもありそうじゃない?」
なるほど。
アリーナはそう思うと気が楽になった。
さらに金茶の娘はいう。
「きっと、試験は会場にはいった時から始まっていると思っていいわ。
気を抜かずにいきましょっ」
アリーナはびっくりする。
この娘はこの年で、試験慣れしているようだった。
「あんたは、名前は何て言うの?」
アリーナは娘が、美しいブルーグレイの瞳をしていることに気がついた。
「わたしは、、シーア」
アリーナの隣はリシアだった。
彼女は娘達の中に溶け込んでいる。
その時、他の娘とは決して混ざり込めない娘が会場入りする。
その娘は白銀の髪を三編みにしてまとめている。
離れていてもわかる、涼やかな目許、ま白く内側からかがやくような肌をしている。
服はパンツスタイルであるが、アリーナにはその服が、彼女のためだけに作られたものであるのがわかる。
運動服でさえ、とても似合っている。
一足ごとに、りんと鈴の音が聞こえるような、美しさだ。
彼女の後ろには、三人の騎士ならぬ独身の友人たち。
「アクア姫だ、、」
アクア姫の登場にため息とともに会場がざわめいた。
次々に立ち上がって、アクア姫を迎える。
「皆さま、おはようございます。持てるものすべてを出しきって、ベルゼラのためにがんばりましょう」
軽くアクア姉は挨拶をする。
「どんな格好でも、いつもきれいねえ」
とアリーナの隣の娘、シーアが呟く。
その言葉のどこかが引っ掛かったが、分析する前に、別のざわめきに忘れてしまう。
「マリン姫だ!」
真っ赤な赤毛を炎のようにゆらして、肉感的な娘が入ってきた。
はち切れんばかりの胸に締まったウエスト。高い位置のお尻。
カツンカツンとヒールを響かせて、他の全ての娘を威圧する。
再び娘たちは立ち上がる。
「わたしのことは気にしないでね!楽しんでいきましょう」
とマリン姫。
深く胸に響く声だった。
「ヒールで試験ってマリン姉もかますわね~!」
シーアがひょうひょうと呟いた。
自分は二人と同じぐらい美しいと思っていたのが、本当に恥ずかしくなる。
アリーナは二人の姫に圧倒されていた。
アクア姫とマリン姫は別格だった。
会場入りするだけで、感嘆のため息を誘うのが、デクロアの美姫たちなのだ。
自分は勝ち目がないのではないか?
その思いを見透かしたように、シーアはアリーナにいう。
「まあ、万が一ということもあるし。
この取組みも破天荒で面白いし、お祭りと思って楽しみましょう!」
ブルーグレイの瞳がアリーナにウインクした。
「そうよね、お祭りね!」
10時ぴったりに試験の鈴が鳴らされる。
試験は隣の娘の予想した通り、○×での解答を求める問題だった。
問題は試験監督が読んで、その場で手元の紙に解答を書いていく。
さらに、何よりも会場の女子たちが驚いたのは、最初から最後まで、異国の言葉のベルゼラ語で進めれたのだ。
続く、聞き取りではない配布のテスト問題は、社会常識的なものから一般教養、国際情勢までカバーする幅広い出題だった。