異国の王子の花嫁選び
15、試験の講評 (第三夜 完)
王妃シシリアは、午後の二種類の試験の結果を集計したものを手にしていた。
横の年配の女官長がまとめたものだ。
今日一日で820名から20名に一気に絞られることになる。
不意打ちのベルゼラ語での試験から、チーム力、個人の体力を総合判断しての、優秀な上位20名である。
シシリア王妃の前にはアズール王子と、12人の騎士が控えている。
200名の娘たちは一旦帰していた。
試験に参加する側も運営する側も、疲れきっていた。
アズール王子から要望書をもらった数日前が一ヶ月も前と思えるほど怒濤の数日間であった。
今朝も、王宮では昼食の820名分のサンドイッチ作りに、試験に参加しない女官の全てが夜も空けきらぬ早朝から関わっていた。采配は、シシリア王妃。
具体的な指示は年配の女官長である。
突然の大きなイベントの山をうまく乗り切った達成感がある。
「合格者は、アクア、マリン、、、」
王妃は読み上げる。
すぐにアズールは遮った。
「シシリア王妃、名前を言われてもわからないから、番号でいってもらえないだろうか?」
「ああ、申し訳ありません。言い直します。1番、2番、3番、5番、、」
アズールは5番のシーアが入っていればそれで良い。
彼女に会えば会うほど、もっと知りたくなる。いろんな顔を見てみたいと思うのだ。
アズール王子は、己の騎士に振り返り、王妃の読み上げた内容の妥当性を確認する。
各自、自分のメモを見てうなずいていた。
騎士にも自分の押しの娘がいるようだった。
「それにしても、面白い障害物競争でしたわ!わたしたちには思い付きもいたしません。楽しいものを見させていただきましたわ」
シシリアは屈託なくいう。
「体力テストだからといって、単にジャンプや反復横飛び、柔軟性など数値を並べて見ても、面白くないでしょう?」
障害物競争を企画したベリルが逞しい胸を張った。
チーム全員がゴールできたのは40組中、8割の32組。
仲間を励まし、助け合い、精一杯頑張る。
泥んこになり、既に自分のためではなく仲間のためにゴールに向かって這いつくばって進む姿に鬼気迫るものを見、感動さえ呼び起こさせた。
デクロアの平和ボケした娘たちではあるが、その根性はなかなか素晴らしいものがある。
さらに、あの障害物競争には根性以外にも隠れた見所があった。
気がついたチームはほんの数チームだったが。
ひとつはアクア姫のチームだ。
アクア姫以外のメンバーは他の大多数がそうであるように突っ走りたがったが、うまく押さえた。
#障害物__トラップ__#の横に控えていた騎士を上手く使った。
「騎士さま、お手を貸していただけますか?ネットをあげてくださらないかしら?」
「騎士さま、このわたしたちを濡れないようにあちらに渡してもらえないかしら?」
アクアが見抜いたように、なんでも使ってよい道具は物ばかりではない。
自分の力で切り開くのもよいが、人も上手く使ってこそ、上に立つ者なのだ。
アクアに優しく、丁寧に依頼されて、断れる騎士はいなかった。
もうひとつのチームは、第二の姫、マリンのチームだ。
マリンは持久走では靴を履き替えたが、再びヒールに履き直していた。それにはその場にいた者の全員がびっくりしたが、マリンはトラップが並べられた道を、絨毯の上であるかのように優雅に歩く。
「汗は先程のランで十分ですわ!落ち着いていきましょう、皆さま」
第一のネットはマリン以外のチームは全て潜っていった。
ネットなら潜らなければならないという、先入観に縛られたのだ。
別に、なんの指示もしていない。
マリンのように、ネットを踏みつけながら進んでもいいのだ。
そして、泥水のところでは、魅惑的な赤茶の目を脇の騎士に向ける。
「あなたの背中を貸しなさい!」
そうずばっと命令された騎士は、憤慨するどころか、泥水に入り、両手両膝をついて、彼女たちを対岸に渡す橋となった。
背中をヒールの靴で踏みつけられることに、喜びさえ感じさせたのだ。
そして、アズール王子一押しの5番である。
最後の釣りざおで、ノキアにお願いをしたのも良かった。
挫いた仲間もいた。なんといっても騎士と馬を利用して帰ってきたのは満点だった。
ベリルは誰もそれを利用できるものはいないに違いないと思っていた。
事実、5番以外のチームは、広場の手持ち無沙汰な騎士を利用しようと思い付くものはいなかった。
彼女は、持久力もなかなかである。
「アズール王子、20名に絞りましたが、既にお心は決まっているのではないですか?そうだとすれば、この先の試験は省略しても良いかと思うのですが、、、」
シシリア王妃に言われて、アズール王子は手からすり抜けた娘を思う。
まだ、早い気がした。
「いや、、まだ彼女たちの人となりがわからない。面談だかパーティだか知らないが、進めてくれ。わたしは付き合う」
王妃はそれを聞き、輝く笑顔を向けた。
その笑顔は誰かに似ていた。
「次は、二日後で宜しいかしら?
実は明日は、ベルゼラ国の小さな伝統行事なのですが夏至祭がありまして、試験はおやすみにさせていただきたいのです。
アズール王子さま、皆さまもご列席なさいませんか?
わたしの娘たちも参加しますよ」
シシリア王妃は、アズールがリシアを馬で乗せて戻ってきたことを思い出した。
既に、アズール王子は5人のチームの娘たちの中から、リシアを選んでいた。
人生とは、案外小さな選択が積み上がり出来上がっていくものだ。
シシリア王妃は言い直す。
「、、、五番の娘も参加しますが?」
アズール王子の参加が決まった。
ようやくアリーナは解放された。
午前試験の突破と、午後の健闘を讃えて、城を出たアリーナを友人たちは離さなかったのだ。
アリーナは請われるまま、体力テストの様子や、参加した娘たち、姫たち、同じチームになった先生なんかの話をする。
「アリーナならもしかしてもしかして!?」
破れた女子たちの期待を一身に背負う。
かがり火に照らされていた、冷たくも幽玄な世界を連想させた異国の男たちは、現実は意地悪で筋肉ムキムキだった。
そして、結局王子がどの人だったのか、もしくは立ち会っていたのかもわからない。
それに、試験の全てを終えて200人の娘たちが再び集まったとき、アリーナは悟ってしまったのだ。
同じ試験を受け、泥や埃りにまみれた大多数のなかで、汚れていない者がいる。
アクア姫、マリン姫、そしてシーアもそうであった。
別格であり完敗だった。
夢から覚めた気がする。
もうじき日が沈む。
夏至は明日だったか。日が長い。
アリーナは店の扉を開けた。
中にはひとり、机に向かう先輩のハサムがいた。
「あ、お帰り」
と顔を上げずにいう。
アリーナはハサムの後ろを通り、二階に上がろうとする。
最近、仕事をたんたんとこなしているだけだったように思う。
自分はもっと、この仕事を深く掘り下げ、技術をあげ、よりお客様の満足を引き出す努力をできるのではないかと思う。
ハサムがいったように、やる気がないといわれても仕方がなかったと、今になって思うのだ。
その時、ハサムが一心に描いているものが目に飛び込んできた。
思わず足を止める。
「これは、舞踏会用のドレス?」
ハサムは、何パターンも描いていた。
彼は、ひとまず沢山アイデアを出して、絞っていくタイプである。
20枚ぐらいある中、ひとつを取り上げる。
着てみたいと思える素敵なドレスである。
「そう、きみの。最終に残ったらドレスが必要だろう?」
「全部、わたしの、、」
アリーナの手が振るえる。
「誰より美しいあなたに、一番似合うドレスを贈りたいんだ」
アリーナはもう、自分が誰よりも美しいという幻想から目覚めている。
いつも厳しいハサム。
アリーナが仕事でへまをして、信用を失うことのないようにいつも気を配ってくれている。
それは愛ではないか?
アリーナの眼から涙が溢れた。
自分の生きる世界は彼のそばにここにあった。
顔を上げたハサムはアリーナの涙をみて驚いたが、一生分の勇気を振り絞って、その肩を抱いたのだった。
第三夜 完
横の年配の女官長がまとめたものだ。
今日一日で820名から20名に一気に絞られることになる。
不意打ちのベルゼラ語での試験から、チーム力、個人の体力を総合判断しての、優秀な上位20名である。
シシリア王妃の前にはアズール王子と、12人の騎士が控えている。
200名の娘たちは一旦帰していた。
試験に参加する側も運営する側も、疲れきっていた。
アズール王子から要望書をもらった数日前が一ヶ月も前と思えるほど怒濤の数日間であった。
今朝も、王宮では昼食の820名分のサンドイッチ作りに、試験に参加しない女官の全てが夜も空けきらぬ早朝から関わっていた。采配は、シシリア王妃。
具体的な指示は年配の女官長である。
突然の大きなイベントの山をうまく乗り切った達成感がある。
「合格者は、アクア、マリン、、、」
王妃は読み上げる。
すぐにアズールは遮った。
「シシリア王妃、名前を言われてもわからないから、番号でいってもらえないだろうか?」
「ああ、申し訳ありません。言い直します。1番、2番、3番、5番、、」
アズールは5番のシーアが入っていればそれで良い。
彼女に会えば会うほど、もっと知りたくなる。いろんな顔を見てみたいと思うのだ。
アズール王子は、己の騎士に振り返り、王妃の読み上げた内容の妥当性を確認する。
各自、自分のメモを見てうなずいていた。
騎士にも自分の押しの娘がいるようだった。
「それにしても、面白い障害物競争でしたわ!わたしたちには思い付きもいたしません。楽しいものを見させていただきましたわ」
シシリアは屈託なくいう。
「体力テストだからといって、単にジャンプや反復横飛び、柔軟性など数値を並べて見ても、面白くないでしょう?」
障害物競争を企画したベリルが逞しい胸を張った。
チーム全員がゴールできたのは40組中、8割の32組。
仲間を励まし、助け合い、精一杯頑張る。
泥んこになり、既に自分のためではなく仲間のためにゴールに向かって這いつくばって進む姿に鬼気迫るものを見、感動さえ呼び起こさせた。
デクロアの平和ボケした娘たちではあるが、その根性はなかなか素晴らしいものがある。
さらに、あの障害物競争には根性以外にも隠れた見所があった。
気がついたチームはほんの数チームだったが。
ひとつはアクア姫のチームだ。
アクア姫以外のメンバーは他の大多数がそうであるように突っ走りたがったが、うまく押さえた。
#障害物__トラップ__#の横に控えていた騎士を上手く使った。
「騎士さま、お手を貸していただけますか?ネットをあげてくださらないかしら?」
「騎士さま、このわたしたちを濡れないようにあちらに渡してもらえないかしら?」
アクアが見抜いたように、なんでも使ってよい道具は物ばかりではない。
自分の力で切り開くのもよいが、人も上手く使ってこそ、上に立つ者なのだ。
アクアに優しく、丁寧に依頼されて、断れる騎士はいなかった。
もうひとつのチームは、第二の姫、マリンのチームだ。
マリンは持久走では靴を履き替えたが、再びヒールに履き直していた。それにはその場にいた者の全員がびっくりしたが、マリンはトラップが並べられた道を、絨毯の上であるかのように優雅に歩く。
「汗は先程のランで十分ですわ!落ち着いていきましょう、皆さま」
第一のネットはマリン以外のチームは全て潜っていった。
ネットなら潜らなければならないという、先入観に縛られたのだ。
別に、なんの指示もしていない。
マリンのように、ネットを踏みつけながら進んでもいいのだ。
そして、泥水のところでは、魅惑的な赤茶の目を脇の騎士に向ける。
「あなたの背中を貸しなさい!」
そうずばっと命令された騎士は、憤慨するどころか、泥水に入り、両手両膝をついて、彼女たちを対岸に渡す橋となった。
背中をヒールの靴で踏みつけられることに、喜びさえ感じさせたのだ。
そして、アズール王子一押しの5番である。
最後の釣りざおで、ノキアにお願いをしたのも良かった。
挫いた仲間もいた。なんといっても騎士と馬を利用して帰ってきたのは満点だった。
ベリルは誰もそれを利用できるものはいないに違いないと思っていた。
事実、5番以外のチームは、広場の手持ち無沙汰な騎士を利用しようと思い付くものはいなかった。
彼女は、持久力もなかなかである。
「アズール王子、20名に絞りましたが、既にお心は決まっているのではないですか?そうだとすれば、この先の試験は省略しても良いかと思うのですが、、、」
シシリア王妃に言われて、アズール王子は手からすり抜けた娘を思う。
まだ、早い気がした。
「いや、、まだ彼女たちの人となりがわからない。面談だかパーティだか知らないが、進めてくれ。わたしは付き合う」
王妃はそれを聞き、輝く笑顔を向けた。
その笑顔は誰かに似ていた。
「次は、二日後で宜しいかしら?
実は明日は、ベルゼラ国の小さな伝統行事なのですが夏至祭がありまして、試験はおやすみにさせていただきたいのです。
アズール王子さま、皆さまもご列席なさいませんか?
わたしの娘たちも参加しますよ」
シシリア王妃は、アズールがリシアを馬で乗せて戻ってきたことを思い出した。
既に、アズール王子は5人のチームの娘たちの中から、リシアを選んでいた。
人生とは、案外小さな選択が積み上がり出来上がっていくものだ。
シシリア王妃は言い直す。
「、、、五番の娘も参加しますが?」
アズール王子の参加が決まった。
ようやくアリーナは解放された。
午前試験の突破と、午後の健闘を讃えて、城を出たアリーナを友人たちは離さなかったのだ。
アリーナは請われるまま、体力テストの様子や、参加した娘たち、姫たち、同じチームになった先生なんかの話をする。
「アリーナならもしかしてもしかして!?」
破れた女子たちの期待を一身に背負う。
かがり火に照らされていた、冷たくも幽玄な世界を連想させた異国の男たちは、現実は意地悪で筋肉ムキムキだった。
そして、結局王子がどの人だったのか、もしくは立ち会っていたのかもわからない。
それに、試験の全てを終えて200人の娘たちが再び集まったとき、アリーナは悟ってしまったのだ。
同じ試験を受け、泥や埃りにまみれた大多数のなかで、汚れていない者がいる。
アクア姫、マリン姫、そしてシーアもそうであった。
別格であり完敗だった。
夢から覚めた気がする。
もうじき日が沈む。
夏至は明日だったか。日が長い。
アリーナは店の扉を開けた。
中にはひとり、机に向かう先輩のハサムがいた。
「あ、お帰り」
と顔を上げずにいう。
アリーナはハサムの後ろを通り、二階に上がろうとする。
最近、仕事をたんたんとこなしているだけだったように思う。
自分はもっと、この仕事を深く掘り下げ、技術をあげ、よりお客様の満足を引き出す努力をできるのではないかと思う。
ハサムがいったように、やる気がないといわれても仕方がなかったと、今になって思うのだ。
その時、ハサムが一心に描いているものが目に飛び込んできた。
思わず足を止める。
「これは、舞踏会用のドレス?」
ハサムは、何パターンも描いていた。
彼は、ひとまず沢山アイデアを出して、絞っていくタイプである。
20枚ぐらいある中、ひとつを取り上げる。
着てみたいと思える素敵なドレスである。
「そう、きみの。最終に残ったらドレスが必要だろう?」
「全部、わたしの、、」
アリーナの手が振るえる。
「誰より美しいあなたに、一番似合うドレスを贈りたいんだ」
アリーナはもう、自分が誰よりも美しいという幻想から目覚めている。
いつも厳しいハサム。
アリーナが仕事でへまをして、信用を失うことのないようにいつも気を配ってくれている。
それは愛ではないか?
アリーナの眼から涙が溢れた。
自分の生きる世界は彼のそばにここにあった。
顔を上げたハサムはアリーナの涙をみて驚いたが、一生分の勇気を振り絞って、その肩を抱いたのだった。
第三夜 完