魔法の鍵と隻眼の姫
黒い剣を持ち震えるアストラ。
「アストラ…」
「僕は…怖い!信じることが出来ない……の事が!」
「アストラ落ち着け!大丈夫だ、私を信じろ!」
「うわああああ~~っ!!」
我を忘れ黒い闇に捕らわれそうになったアストラを間一髪で助け出し、気付けば地上に戻っていた。
世界を救う手だてが無くなった絶望…。
「僕、僕は…なんて事を…」
「アストラよ、自分を責めてはならない。人は時に弱い心を持つ。しかしそれでも人は逞しい。必ず立ち直ってくれ。今は押さえるだけで精一杯だがいずれお前達の子孫がまた悪しき魂に立ち向かい世界を本当の意味で救ってくれよう。アストラ、強く生きろ。そしてこの村を、人々を守ってくれ」
うちひしがれるアストラを励まし後を頼み母の力をかりて本来の姿に戻る。
自分の命が尽き果ててもこの世界を守りたい。
愛しい人間のいるこの世界を…。
「アドラード…行ってはならぬ」
「母上、私の身を案じてくれているのはわかってます。ですが私はこの世界を、母上の愛した人間界を壊したくない。アストラを責めないで下さい。どうか彼らの子孫が本当の世界の平和を取り戻すまで力になって欲しい。どうか…」
悲壮感漂う瞳を向ける母に最後の願いを告げる。
命を捨てるのではない、明日を生きる人間に希望の光りをを託すのだ。
空へと駆け上がり無我夢中で黒い雲に食らいつく…。
……
「うっ、はっ、はっ…」
アドラードが死ぬ直前で映像が途絶えた。
喜怒哀楽の感情が一気に押し寄せて脂汗が滲み過呼吸のように息が出来ずに足元に手を付き倒れるのだけは何とか免れた。
それを無表情で見下ろすヴァルミラ。
『思い出したか?あのときのように無残な死を迎える前にここから逃げるのだ』
「そうか…あの時…」
フフフフフ…
不気味な笑いを漏らしながら顔を上げたラミンは不敵な笑みを見せた。
『アドラー…』
「俺はアドラードじゃねえ、ラミンだ」
『……』
「前世の記憶ってのを見せてもらってあの感情は確かに俺のものだった。戦うヒントも見つけた。だけど前世は前世だ。俺はあんたの息子には戻れない」
怪訝な顔をしたヴァルミラは真っ直ぐ見つめてくるラミンに諦めたように目を伏せた。
『言い出したら利かないやつだ。アドラードもそうだった…』
「性格も前世のままだってか?まあ、それは認めてやるよ」
よろりと立ち上がり口元を上げニヤリと笑うラミンを見てヴァルミラはフッと笑った。
『アドラードはお前のようにガサツではない。もっと品があった』
「はん!言ってくれるな!どうせ俺はがさつだよ!」
目を会わせた二人はここが何処だか一瞬忘れて吹き出すように笑った。
笑いながらも見つめ合いそこには親愛の情が見え隠れする。
ふうっとひとつ息を吐いたヴァルミラ。
『お前が戦うと言うのなら我に出来ることはもうない。さあ行くがよい。お前を待つ異色の目を持つ娘の元へ…』
「サンキュ、じゃ、行ってくるか―」
ヴァルミラが指さす方へ目を向けると一筋の光が見える。
ラミンは躊躇なく足を向け散歩するかのように頭の後ろで手を組み悠々と歩き出した。
『ラミン、必ず生きて帰れよ…』
「あったりめーだ、俺も小娘も必ず生きて帰る。地上で寝て待ってろ」
チラリと後ろを向いて返事をすると懐かしむような微笑みを湛えヴァルミラは消えていった。
ふっと笑ってラミンは光がさす方へ歩き出す。
待ってろ小娘、今度は必ず成功するはずだ。