魔法の鍵と隻眼の姫
………

今、空を見上げ祈るしかできない国王たちは生きて帰ることを願いながらもミレイアの死を覚悟していた。

「父上…」

「トニアス、まだミレイアが死ぬと決まったわけではない。祈ろう。我々にはそれしかできない」

アルトバル国王が肩に手を置き、項垂れるトニアスは小さく頷く。
一心に手を組み祈りを捧げるサリア王妃。

「父上あれは?」

セイラスが窓の向こう、黒い雲が渦巻く中心を指さす。
時々赤い雷が光を放ち唸りを上げる中、より黒い何かが蠢いていた。
アルトバル国王が窓に近付き暗闇に目を凝らすとそこには細長くて巨大な何かがうねりながら雲の中を縦横無尽に飛び回っていた。

「あれは、…龍?」

アルトバル国王が眉根を寄せる。
伝説でしか聞いたことの無い最強の魔物、龍。
大きな口を開け黒い雲を食べ徐々に大きくなっているように見えるが、あれは敵なのか味方なのか…?

雲の中から這い出た顔にはブルーグリーンの目が光り長い口髭が見えた。

「ラミン…?」

思わず呟いたセイラス。
あの色の瞳を持つ者はラミンしか思い当たらない。
ラミンが龍になって黒い雲を食べつくすというのか?

「まさか…」

首を横に振り突飛な考えを打ち消す。
あの雲の中で何が行われているのか見当もつかない。
心配げな瞳を空に向けた。

「ミレイア、ラミン、どうか無事で…」

・・・・

その頃、ドリスター家でも窓の外を見つめ心配の色を隠せない人物がいた。

「父上」

「エルストン、どうした?」

車いすを器用に乗りこなし父の隣に止まったラミンの弟エルストン。
父のように窓の向こう、黒い雲の中で蠢く龍を見つめた。

「あれは、兄上ですか?」

「な、何を言ってるんだエルストン」

驚く父、ハインツにやんわりと笑い、見上げたエルストンもこの家に伝わる伝承の事は知らされていなかったが、父が息子たちを守るため何も教えなかったことの全てを知っていた。
肩までの白い髪が揺れる。

「今まで話してなかったけど、僕はこの王国と、この家の伝承を全て知っています。夢でヴァルミラ様にも会いました。父上がヴァルミラ様と同じように兄上を守りたかったことも」

「エルストン、お前…」

眉尻を下げ困った顔のハインツは膝を着きエルストンと同じ目線になり息子を見つめる。

「大丈夫、父上が心配することは起きません。兄上は必ず生きて帰ってきます。僕は信じてます。父上も兄上に生きて帰ってきて家を継いで欲しいでしょう?」

いたずらっ子のように笑い首を傾ける息子により困り顔で言葉が出ない。

ハインツは厳格な父を演じながらも息子二人を愛していた。
ラミンが家を出ると言った時、断腸の思いで命だけは助けたいと勘当した当時を思い出す。
身体の弱いエルストンに家を継がせるのは忍びないと思いながらも厳しくしつけた日々。
それでも素直にそのことを受け入れ勉強に励んでいたと思ったが…。
やはりエルストンは兄に帰ってきてほしいと思うのか。

「信じて待ちましょう、父上」

「そうだな…そうだな、エルストン」

自分の想いをどう伝えていいのかわからずにハインツは言葉を飲みこみ頷くと空を見上げた。
今は何もできないただの人間の自分が歯がゆい。

「どうか無事で…」
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