魔法の鍵と隻眼の姫
幼い頃から病弱でほとんど歩くことが出来ずに車いす生活のエルストン。
遠出などもっての外で旅などしたことが無い。
自分の能力を少しでもこの優しい弟に分けることが出来たなら…。
ラミンは悲しそうな眼差しを足に向ける。

そんなラミンににっこりと笑いかけた弟は徐に車いすの肘掛けに手を掛けた。

「おい、何をす…」

驚き手すりから身を離したラミンは言葉を途切れさせ、エルストンを凝視する。

ゆっくりと足を地面に付けたエルストンはグッと状態を起こしラミンの目の前で立ってみせた。
ラミンより少し低い目線。
風が吹けば倒れてしまいそうな線が細い身体。
それでもしっかりと両足を地面に付け立つ姿にラミンは唖然とする。

「本当は何年も前から立つことが出来たんだ。こっそりと歩く練習もして、実は剣の稽古もしている。このことを知っているのはセイラスしかいない。父上も知らないんだ」

驚かそうと思ってずっと内緒にしてたとぺろっと舌を出し、いたずらっ子のようにくしゃっと笑うエルストンに動揺して言葉が出ない。
病弱なままだと思っていた弟は逞しく成長し、父を騙しながらも自分を待っていたということを彼の笑顔が示していた。

「お、まえ…なんてことを…」

滲む目尻を隠すようにエルストンを引き寄せたラミンは細いながらも幼い頃から大きく成長した背中に手を回し抱きしめた。

「あ、兄上っ!?」

ぎゅっと苦しいくらいに抱き締めてくる兄の肩が震えていた。
ふっと息を吐き笑ったエルストンはラミンの大きな背中に手を回しとんとんと叩き擦る。

その光景を部屋の中からこっそりと見ていたのは父のハインツ。
少し前からエルストンが歩けるのは知っていた。
それを隠し兄が帰ってくるのを待ち続けた彼の心を汲んで知らないふりをずっとしていた。

「アリナ、お前が生きていたら感激して涙を流していただろうな…」

今は亡き妻を想い、仲の良い兄弟に頬を緩めた父はその場を静かに後にした。

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