魔法の鍵と隻眼の姫
僕にはミレイアがいる。
そう言いたかったがミレイアは実の妹だ。どんなに想っていてもそれは変わりない。
その事実を思い出して俯くトニアスをラミンが真顔でじっと見つめていた。

「ミレイアちゃ~ん、ほら、父ちゃんとこおいでぇ」

何処からともなく猫なで声の野太い声がしてラミンとトニアスが目を向く。

通りには髭面の男が奥さんらしい女性から赤ちゃんを受け取ってデレデレとした顔で頬ずりしている。
キャッキャと笑う赤ちゃんの声に奥さんも幸せそうに微笑んでいた。

「あいつ…あの時の酔っ払い…」

あの髭面の男には見覚えがあった。
あの祭りの日喧嘩で騒いでいた横を通り過ぎようとした時に転がり込んできた男だ。
確か子供にミレイアと名付けてそれが原因で喧嘩をしていた。
ミレイアが仲裁に入り自分が王女のミレイアだと言いそうになったのを慌てて阻止した。

「今…ミレイアって…」

トニアスがその親子を凝視し思わず立ち上がった。
横を通り過ぎようとした男がそれが聞こえたのか立ち止まる。

「ああ?なんか文句あるんか?前は疎まれた王女の名前だったが、今や救世主様の尊いお名前だっぺ!」

「救世主!?」

「そうだ!あんた知らんのか?」

思わず声を上げたラミンに怪訝な顔をした髭面の男は説明した。
各国の王たちが連名であの黒い雲を追い払い世界を救ったのはミレイア王女と鍵を持つ護衛をしていた男だとお触れを出した。
それまで間違った伝承を信じていた人々は不思議なことにそれを素直に受け止め、世界を救ってくれた王女とその護衛に感謝し敬っているという。
異色の目を持つ者は今や救世主と崇められ正しい伝承も広まりつつあるとか。

「…そんなこと、してたのか?」

その話に驚いたのはラミンで、まったくそんなことになっていたなんて知らなかった。
そんなラミンを見てトニアスが頷く。

「うん、実は…。モリスデンが各国を回って尽力してくれたのも大きいけど、不思議なことにあれだけ間違った伝承が根付いて正しい伝承はかき消されていたのにあっという間に広まったみたいだ。ラミンの名は伏せられているから安心して」

自分の名まで公表されてしまったら旅をするのに何かと不便なこともあるだろう。
安心しつつもミレイアが疎まれずに人々に受け入れられたことは喜ばしい。

「ミレイアってのはおらの天使って意味だっぺ。最近生まれた近所の子もミレイアって名付けてんだ」

「そうか、僕の妹もミレイアというんだ。きっと大きくなったら天使のように可愛くなるよ」

ミレイアと重ねているのか赤ちゃんに愛おしげに笑みを向けたトニアスに気を良くした男はそうだろそうだろと言いながら赤ちゃんをトニアスに抱かせた。

「わ、軽い…懐かしいな、可愛い」

透けるような栗色の髪にクリクリの青い目、じっと見てくるその顔にトニアスは笑顔をみせた。
ほらラミンも、と無理やり抱かされたラミンは赤ん坊など抱き慣れていないので四苦八苦。
抱き心地が悪かったのか泣きそうな顔をした赤ん坊を慌てて男に返した。

「もう、喧嘩するなよ」

「あ?ああ…」

ぽかんとする男にふっと笑ったラミンを見て奥さんがポッと赤くなる。
目聡くそれを見た男は何顔赤くしてんだと諌め、あんたが喧嘩っ早いのばれてんじゃないかと奥さんと言い合いながら帰って行った。

幸せそうな家族の姿にほっこりしたトニアスとラミン。
ミレイアの名誉が回復したことにホッとした。
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