魔法の鍵と隻眼の姫
人々も、動物も動きが止まり、風さえも止まった世界。
渦巻く雲までも止まり漂っている。
音もないその光景に驚き、呆然と見ていた男がいた。

「な、なんだ?何が起こってるんだ?」

ここは戦場。
隣で一緒に戦っていた戦友も飛び交っていた矢も、響き合っていた剣の嘶きも止まり、土埃さえ宙に浮いたまま。
今、自分は迫る矢を払おうとしていたはず。
目の前にはその矢が宙に浮いて自分に向いていた。
その矢に恐る恐る手を伸ばすと簡単に掴むことが出来た。

「おい・・・なんだよこれは」

矢をぽとりと落とし隣の戦友の肩をゆする。

「おい!デスタ!おい!目を覚ませ!」

「チェスター起きろ!目を開けたまま寝るな!」

「ブライアン!何とか言ってくれ!」

何も反応をしない戦友に後ずさりする。

「お、おいおいおい、これは悪い夢か?夢なのか?」

頭を抱えた時に悪寒が走る。
これは、あの時から感じていた言い知れない恐怖。
逃げなければという衝動が男を支配する。

「やべえ、またあれが来る。ここを逃げ・・・」

「やっと、見つけたぞ」

「ぐっ・・・」

急に目の前に現れた灰色の物体に胸ぐらを掴まれ息をのむ男。

「こんななりをしていたとはわしも迂闊だった。まさか、人だったとは…」

「う、なんだよ!離せ!なんなんだお前!」

浮いている足をばたつかせ暴れる男。
灰色のローブを被るこいつ、髭を生やして爺さんのようだが力が強い…。

「逃げぬと申せば離してやる。15年も逃げおってからに、見つけ出すのにどれだけ苦労したと思っておる」

「し、知るかよ!何のことだ!」

さらに暴れる男を軽々と持ち上げるモリスデン。
男は苦しさから大人しくなってきた。

「まずは話を聞け、そして逃げるな」

「わ、分かったから…離してくれ…」

「ふん、良かろう。逃げるなよ」

パッと手を離され、地べたに尻餅をついた男はごほごほと咳をしてモリスデンを睨んだ。

「なんなんだよあんた、突然現れて、それに、なんであんたは動けるんだ?」

「それはもちろんこの魔法を掛けたのはわしだからのう。自分の掛けた魔法に自分が掛かるバカはおらんだろう」

笑ったモリスデンはローブを取った。

「爺さん…おかしなこと言うなよ…魔法だって?」

「さよう、魔法じゃ。わしはモリスデン。この世界唯一の大魔法使い、賢者様だ、敬え!」

フォッフォッフォッとまた高らかに笑うモリスデンを訝しげに見上げる男。

「お主、名を何という」

「…」

警戒し、モリスデンを睨む男は答えようとしない。

「なんだ、信じないのか?ならば魔法を見せてやろう」

そう言ってさぁっと右手を周りにかざすと空を舞っていた矢が一瞬に消えた。
そしてもう一度その手を上にかざすと青い光が空から舞い落ちる。
それに触れた人々がバタバタと倒れていく。

「お、おい!何をした!」

焦って立ち上がる男をモリスデンは制した。

「戦いなど、憎しみと負の連鎖しか生まないことをなぜわからないのか。嘆かわしい」

「・・・」

男はゆっくりと近くにいた戦友ブライアンの前に跪き首筋に手を当てた。

「よかった、生きてる・・・」

ホッとした男。
ブライアンは眠っているようだ。
他の皆もただ眠っていた。








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