霧の魔法
「今日はありがとう。マジ楽しかったよ。」
「ほんと?そう言ってくれるとガイドの甲斐があったわ。」

「ほんと、ほんと、いろんなとこ見れたし、地元の人じゃなきゃわからないようなレアスポットも知れたし、満足、満足、名ガイドだよ葵は。」

「えへへ~照れるな。そう?私ガイドの道に進もうかな。」
「あ、いいかも。向いてるかもよ。」

「ほんと?マジ考えちゃおうかな。」
「葵ってさぁ。」

「ん?なぁに?」
「結構単純?」

「なにそれ?!どういう意味よ!」
「はははは、怒った?」

「ったく、折角ガイドしてあげたのに、もう、知らない!」

 そういうと葵はプイッと後ろを向いてしまった。

「ごめん、ごめん。冗談だよ。葵はほんとにいいガイドになれるよ。」
「もう、遅い。」

 まだ、後ろを向いたまま機嫌が直らない葵に困った宙は

「ねぇ、葵ちゃーん、機嫌直してよ。ごめんよ。」
「だーめ。」

「困ったなぁ。どうしたら機嫌直してくれる?」

 しばらく黙っていた葵が突然クルッと振り返って言った。

「ごほうび!」
「え?なに?ご褒美?」

「そう、ごほうびちょうだい。ガイド料。」
「え?お金?」

「ち・が・う、ご褒美、お金じゃないご褒美。」
「え~、難しいな。お金じゃないご褒美って・・・、なにあげりゃいいんだ?」

「キスして!」

 そう言うと葵は宙に向って、口を突き出してキスをねだった。

「え?ちょっとそれは・・・。」
「やっぱ私がブスだからできないんだ。」

「ち、違うよ。だって俺たちまだ出会って間もないし、キスってそれは恋人とか好きな人同士がするもんで・・・。」
「やっぱ、前の彼女の方がかわいいんだ。」

「え、いや、かわいさは変わらないけど、ほら、俺たちまだ高校生だし。」
「高校生ならキス位してるでしょ。宙はその彼女としなかったの?」

 そう聞かれて、絵羽と交わしたキスを思い出した。

「ほら、やっぱしてる。私とはできないの?」
「え?いや、その、ほら俺たち恋人ではないし。」

「どっち?キスしたいの、したくないの?」
「いや、したい!」

 思わず出てしまった自分の言葉に宙自身驚いた。

「じゃあ、して。」

 再び葵は目を瞑(つむ)って宙に向って唇をつぐんでねだった。

『くそ、こうなりゃ、やけだ。』

 そう思った瞬間絵羽の顔が浮かんだ。

『絵羽・・・ごめん。』

 そう思いながら、葵の唇に軽く自分の唇を合わせた。
時間にすれば一秒もない。

「もう終わり?」

葵がキョトンとして宙を見つめていった。

「もう、許して、せいいっぱい。」

 グッタリしている宙を見て、葵は笑い出した。

「なんだよ。葵が言い出したことだぞ。」
「きゃはは、本気にしたの?宙?かわいいね。私だってキスくらい経験あるよ。なのに、すっごく重大に考えて、チュだって。きゃははは。」

「まいった。もう、何も言いません。」

 グッタリした表情で宙はその場にへたりこんだ。

「ごめん。ちょっとわがまま言い過ぎたね。お詫びに明日も遊んであげるから。」
「はいはい、よろしくお願いします。」

 ため息をついている宙におかまいなく、葵は明日のスケジュールを伝えた。

「じゃあ、明日また九時に旅館の前でね。」
「はーい、待ってます。」

 まだ腰を下ろしている宙に近づいてきた葵は、宙の顔を下から覗き込むように、しゃがみこむといきなり宙の唇にキスをした。

時間にすればニ秒くらいだったがさっきよりは少し長かった。

 あっけに取られている宙をその場に置いて葵は小走りに家のほうへ駆けていきながら、宙のほうを振り返り、にっこり微笑んで、再び振り返って走り出した。

 呆然として宙はその場に佇んでいた。

 
 旅館の部屋に戻った宙は敷いてある布団に寝転がって天井を見つめていた。

 絵羽と葵の顔が交互に浮かんでは消えた。

「俺どうしたんだろ。あれほど絵羽のこと思ってたのに。今は葵に惹かれてる。」

 そういって寝返りを打った宙は罪悪感に似たものを感じていた。

「忘れなきゃいけないのかな。絵羽のこと・・・。じゃないと、前には進めないのかな。」

 そうして、布団にもぐりこむと頭から布団を被って真っ暗な中でジッと考えた。

「俺っていいかげんな男なのかな。でも、絵羽は死んでしまったんだよな。葵は生きてる…。」

 宙は自分に言い聞かせるように独り言をつぶやいていた。

でも、心の中では何かが闘っていて、納得することが出来なかった。

そして、いつの間にか歩き回った疲れが出て眠ってしまった。

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