霧の魔法
「宙、ごめんね。そろそろ行かなくちゃ。」
「え?今会ったばかりなのに。そりゃ三日間一緒に過ごしたけど、絵羽としては今会ったばかりじゃないか。」
「うん、でもね。時間が迫ってる。天国へ帰る時間が・・・。」
「やだよ。今絵羽とこうして本当に思い残したことを話せるようになったばかりじゃないか。どうして?まだ、今日は終わってないよ。」
「私と会った。ううん、葵と出会った時間覚えてる?」
「え?うん、確か朝の四時頃。」
「今、何時?」
「え?あ、もうあと五分で四時だ。」
「そう、天国では時間がとても厳密なの。ちょうど私と会った時間に私は消えるの。」
「そんな。なんでもっと早く言わないんだよ!どうして、さっき言ってくれなかったんだよ!」
「・・・・・・。ごめんね。」
「絵羽・・・、ごめん。頑張って本当のこと言ってくれたのに。辛かったのは絵羽のほうだよね。ずっと我慢して葵として俺と会ってくれていたけど、本当は苦しかったんだよね。」
「宙・・・、ありがとう。やっぱり宙のこと大好き、私のことを本当にわかってくれるのは宙しかいないよ。ありがとう。私・・・宙の彼女でよかった・・・。」
大粒の涙が絵羽の瞳から零(こぼ)れ落ちた。
その一粒の涙に朝焼けの光が映り一層輝いた。
そして、その光が絵羽の身体に移り、足元から強い光を放ち始めた。
「絵羽!!消えるな!絵羽!」
「宙!もう一度!もう一度キスして!」
宙は絵羽を抱き寄せ、その唇に唇を重ねた。
同時に、宙の瞳からも大粒の涙が流れ落ちた。
確かにそこにいる絵羽の温度を感じながら、宙は自分のすべての感情を絵羽の身体に込めた。
しかし、絵羽の身体は朝日と共に少しずつ消えていく。
二人は見つめ逢い、お互いの身体を確かめるように再び力を込めて抱き合った。
「ありがとう。宙・・・、もう、私のこと忘れていいからね。」
「忘れない!忘れるわけないだろう!」
「だめだよ。宙、私はもう過去、宙はまだまだこれから生きなきゃいけないんだから。私のことはここで忘れて、私の分まで生きて。そして、幸せになって。」
「絵羽・・・、わかった。絵羽の分まで生きる!でも、絵羽のことは忘れない。愛してる。絵羽、愛してるよ!」
「ありがとう。私本当に幸せだったよ。後悔はもうないから。宙も安心してね。」
「お礼をいうのは俺だよ。絵羽、ありがとう。俺にかけがいのないものをくれたよ。」
「ありがとう。宙、最後までやさしいね。大好き!」
絵羽は消えかかる身体の最後の力を振り絞って、宙に抱きつき再びキスをした。
「ありがとう。宙、元気で、そして、幸せになってね。さよなら。」
「絵羽!!!」
朝日が、きらきらと輝いていた絵羽の姿をその強い光でかき消した。
さっきまで深く立ち込めていた霧が嘘のように晴れて、空が薄紫から真っ青に変化していった。
しばらく、宙はその場から動けず、呆然と立ち尽くしていた。
そして、とめどなく流れてくる涙をこらえることもなく、静かに泣き続けた。
「絵羽・・・、ありがとう。」
絵羽が消えた場所をふとみると、そこに光るものが落ちていた。
拾い上げるとそれは、絵羽との出会いから一ヶ月の記念日にあげた初めてのプレゼントの指環だった。
「あいつ、これまだ持ってってくれたんだ・・・。」
その指環をギュッと握り締めて宙は岬から海を見つめた。
澄み切った真っ青な空と深い蒼の水平線が広がっていた。
そのまぶしさに目を細めた宙は、大きく深呼吸をした。
「さあ!帰るか。」
くるりと海に背を向けた宙は、しっかりとした足取りで歩き始めた。
そして、二度と振り返ることはなかった。
了
「え?今会ったばかりなのに。そりゃ三日間一緒に過ごしたけど、絵羽としては今会ったばかりじゃないか。」
「うん、でもね。時間が迫ってる。天国へ帰る時間が・・・。」
「やだよ。今絵羽とこうして本当に思い残したことを話せるようになったばかりじゃないか。どうして?まだ、今日は終わってないよ。」
「私と会った。ううん、葵と出会った時間覚えてる?」
「え?うん、確か朝の四時頃。」
「今、何時?」
「え?あ、もうあと五分で四時だ。」
「そう、天国では時間がとても厳密なの。ちょうど私と会った時間に私は消えるの。」
「そんな。なんでもっと早く言わないんだよ!どうして、さっき言ってくれなかったんだよ!」
「・・・・・・。ごめんね。」
「絵羽・・・、ごめん。頑張って本当のこと言ってくれたのに。辛かったのは絵羽のほうだよね。ずっと我慢して葵として俺と会ってくれていたけど、本当は苦しかったんだよね。」
「宙・・・、ありがとう。やっぱり宙のこと大好き、私のことを本当にわかってくれるのは宙しかいないよ。ありがとう。私・・・宙の彼女でよかった・・・。」
大粒の涙が絵羽の瞳から零(こぼ)れ落ちた。
その一粒の涙に朝焼けの光が映り一層輝いた。
そして、その光が絵羽の身体に移り、足元から強い光を放ち始めた。
「絵羽!!消えるな!絵羽!」
「宙!もう一度!もう一度キスして!」
宙は絵羽を抱き寄せ、その唇に唇を重ねた。
同時に、宙の瞳からも大粒の涙が流れ落ちた。
確かにそこにいる絵羽の温度を感じながら、宙は自分のすべての感情を絵羽の身体に込めた。
しかし、絵羽の身体は朝日と共に少しずつ消えていく。
二人は見つめ逢い、お互いの身体を確かめるように再び力を込めて抱き合った。
「ありがとう。宙・・・、もう、私のこと忘れていいからね。」
「忘れない!忘れるわけないだろう!」
「だめだよ。宙、私はもう過去、宙はまだまだこれから生きなきゃいけないんだから。私のことはここで忘れて、私の分まで生きて。そして、幸せになって。」
「絵羽・・・、わかった。絵羽の分まで生きる!でも、絵羽のことは忘れない。愛してる。絵羽、愛してるよ!」
「ありがとう。私本当に幸せだったよ。後悔はもうないから。宙も安心してね。」
「お礼をいうのは俺だよ。絵羽、ありがとう。俺にかけがいのないものをくれたよ。」
「ありがとう。宙、最後までやさしいね。大好き!」
絵羽は消えかかる身体の最後の力を振り絞って、宙に抱きつき再びキスをした。
「ありがとう。宙、元気で、そして、幸せになってね。さよなら。」
「絵羽!!!」
朝日が、きらきらと輝いていた絵羽の姿をその強い光でかき消した。
さっきまで深く立ち込めていた霧が嘘のように晴れて、空が薄紫から真っ青に変化していった。
しばらく、宙はその場から動けず、呆然と立ち尽くしていた。
そして、とめどなく流れてくる涙をこらえることもなく、静かに泣き続けた。
「絵羽・・・、ありがとう。」
絵羽が消えた場所をふとみると、そこに光るものが落ちていた。
拾い上げるとそれは、絵羽との出会いから一ヶ月の記念日にあげた初めてのプレゼントの指環だった。
「あいつ、これまだ持ってってくれたんだ・・・。」
その指環をギュッと握り締めて宙は岬から海を見つめた。
澄み切った真っ青な空と深い蒼の水平線が広がっていた。
そのまぶしさに目を細めた宙は、大きく深呼吸をした。
「さあ!帰るか。」
くるりと海に背を向けた宙は、しっかりとした足取りで歩き始めた。
そして、二度と振り返ることはなかった。
了