霧の魔法
次の日、放課後になって絵羽と待ち合わせのショッピングモールに出かけた。

今日は学校帰りなので制服のままだ。
 約束の五時を少し回った頃

「よ!」

 いきなり後ろから肩を叩かれた。
 振り返ると制服姿の絵羽がニッコリと笑って立っていた。

「あ!お、おっす!」
「いやぁ!元気だった?って二日しか空いてないか。」

「うん、そうだよ。一昨日会ったじゃん。」
「だよねー。で、ハンカチ持って来てくれた?」

「あぁ、はい、これ、サンキュー。」
「わぁ、なんかピシッとしてるね。アイロンあてた?」

「あ?ん、一応借りたもんだし、ちゃんとしないとって思って。」
「ププッ、やっぱかわいいね。宙って。」

「なんだよ。おかしいかよ。ちゃんとしようと思っただけじゃん。」
「なんだぁ?怒った?ごめんね。ソ・ラ・ちゃん。」

「宙ちゃんはよせ。タメだろ。」
「ごめん、ごめん。怒んないでよ。」

「別に怒ってないよ。とにかく返したよ。」
「ありがと。きちんと洗濯してくれて。」

「おう、じゃあ、俺帰るよ。」
「あ、ねぇ、時間ある?」

「え?別に・・・あるけど。」
「ほんと?!じゃあさ、ちょっとお茶しない?」

「え?お茶?あ、うん、いいよ。」
「よし、決まった。じゃあ、そこのスタバいこうか。」

「あ、うん。」

 そういうと絵羽はさっさと歩き出し、後ろをついていくように宙も歩き出した。

 本当は宙から「お茶」を申し出るはずだったが、絵羽と会って何もいえなくなっていたところ、好都合にも絵羽からお茶を誘ってくれた。

 それぞれ注文をすると窓際の二人がけの席に座った。

ちょっと高めのカウンター席だったので、背の低い絵羽の足が地面につかずにプラプラと揺れていた。

その姿が愛らしくて宙はちょっと自分の顔が熱くなっているのがわかった。

 その気持ちをそらそうとふっと店内を見回すと、見慣れた感じの人間がこちらをチラチラと見ていた。

「美樹生・・・。あいつやっぱりきやがった。」
「ん?なぁに、なんか言った?」

 キョトンとした顔で絵羽が尋ねた。

「あ!いや、何でもない、気にしないで。」

 宙は、あたふたとしながらも冷静を装って返事をした。

「あのね。ちょっとだけ話聞いてくれる?」
「うん、なに?」

「あのね。宙って・・・エッチしたことある?」
「ブッ」

 飲んだコーヒーを噴出しそうになった。

「いやだぁ、飛ばさないでよ。制服なんだから。」
「って、無理言うなよ。いきなりそんなこと聞くんだもん。」

「あ?刺激強かった。ってことはまだだよね。」
「え?あ、うん。残念ながら。」

「だよねー、そっか、まぁいいんだけど男の子ってさ、やっぱ好きだからエッチしたくなるの?」
「え?まぁそうだろう。あ、いや、人によるかな。」

「人によるって?」
「ん~つまり、俺は好きな人とじゃなきゃやだけど、男の中には誰とでもしちゃう奴もいるよ。」

「ん~、そっか、そうだよね。女でも誰とでもできるコいるもんね。」
「うん、たぶん。え?まさか彼氏とはまだ?」

「え?やだぁ、いきなり聞くな。」

 宙は、赤面してる絵羽を見て自分の胸が何か締め付けられる感覚を味わった。

「あのね。実は昨日彼氏の誕生日だったじゃん。」
「うん。」

「でね。彼の家まで行ったの。そうしたらご両親が留守で。」

 両親が留守という言葉を聞いただけで宙は心臓がドキドキしだした。

「でね。彼の部屋は二階にあって、お茶とか入れてくれて、いつものように話しててプレゼント渡して、すっごく喜んでくれて。そうして・・・。あ、何話してんだろあたし。恥かしくなってきた。」
「なんだよ。そこまで言ってて。」

「ん、じゃあ、言うけどあまりこっち見ないで。ハズイから。」
「わかったよ。」

 そう言われて、ふっと視線をそらし、その隙に美樹生の動向を伺った。美樹生はあきらかにこっちを凝視している。

「で、ふと会話が止まって。その・・・キス・・・されたのね。」
「う、うん。」

「あ、別にキスは初めてではなかったからいいんだけど。」

『よくない。』
心の中で宙はつぶやいた。

「で、いつもならそこで終わるんだけど。そのまま、彼があたしを押し倒してきたの。」
「う、うん。」

返事をしながら宙の手は握りこぶしを作っていた。

「それで、その、エッチしたいって迫ってきて。でも、もちろん初めてだったから、それに、ほら、その、ゴム。コンドームもなかったし、やばいかなって思って。」

『じゃあ、コンドームがあればやってたんかい。』
今度は心の中で叫んだ。

「で、まだ心の準備が出来てないって拒否っちゃたのね。」
「うん。」

「そうしたら彼、急に不機嫌になって、『今日は帰ってくれ。』って言われちゃって・・・。」

 絵羽の声のトーンが変わった。ふと見ると目に涙をいっぱい浮かべていた。
そして、その大きな瞳から涙がこぼれた。

「絵羽・・・ちゃん。」
「あ、ごめん。ごめんね。なんか、エッチしなかったことが、あたしが彼氏を好きじゃないって思われたかと思って。」

「いや、絵羽ちゃんは正しいよ。そんなの彼氏の方がいけないと思う。うまく言えないけど、やっぱエッチって男より女の子の方がリスクあるし、心の準備も、それと・・・避妊とかもちゃんと考えないと。」
「ありがとう。そう思ってくれるんだ。」

「うん。だって、そりゃやっぱ、ほんとは男が冷静に考えなきゃいけないことだと思うし。」
「・・・・・・。」

「あ、ん~うまく言えないけど、そういうのってお互いの気持ちが大事だし、片方が良くても片方が嫌だったらしちゃいけない気がする。」
「ありがとう宙、なんかスッキリした!聞いてもらっただけで気持ちが晴れたよ。」

「ほんと?」
「うん、ほんと!なんか宙って弟みたいって思ったけど、やっぱいい奴だね。男としても。」

『男として』

その言葉で自分のポイントが上がった気がした。

「でね。実を言うと、最近彼氏とうまくいってないんだよね。」
「え?エッチ拒否ったから?」

「いや、その前からちょっとずつずれてきたっていうか・・・わかるかな気持ちのずれのようなこと。」
「気持ちのずれ・・・うん、なんとなくわかる気がする。」

「彼氏はね。一コ上だから、受験なんだ。」
「あー先輩なんだ。大学受けるんだね。」

「うん、一応進学校だし、ほとんどの人は受けるんだけど、浪人も多いけどね。」
「ふーん、まぁ一応うちも七割くらいは受けるかな。」

「宙は?大学受けるの?」
「え?あー、うん、たぶん、勉強は全然してないけど、ただ、ほら、うちっておふくろだけって言ったでしょ。だからこれ以上金銭的な負担は掛けれないかなって思ってるんだけどね。おふくろは大学くらい行かせる金はあるって言うんだけど。」

「そうなんだ?でね。彼氏ちょっと今回の受験では無理っぽいの、志望校は。」
「・・・・・。」

「それもあってなんかイライラしてて、部活もサッカー部だったんだけど引退したせいか発散するとこなくてストレスたまってるみたいで。」
「あーだろうね。今まで運動してたから急にやめるとストレス溜まるって言うし。」

「そうなの。だから、あたしにエッチ迫るのもそういうストレスのはけ口じゃないかって思っちゃうんだよね。」
「えーそれは酷くない?そういうのって愛情の問題じゃない。」

「愛情・・・っか、あるのかどうか正直わかんないんだよね。」
「なんで?絵羽ちゃんかわいいし、明るいし、言うことないじゃん。付き合ってて愛情がわかないわけないじゃん。」

 宙は、そう言ってから自分が何を言ってるのか反芻(はんすう)して恥ずかしくなった。

「ありがと。」

 そう言って絵羽はにっこりと宙に微笑みかけた。宙は、その顔がたまらなくかわいいと思った。

「宙ってよくみると男前だよね。もてるんじゃない?」
「え?なんだよ急に。もてねぇよ。彼女いない歴17年だからね。」

「マジで?そうは見えないなぁ。性格に難があるとか?」
「酷くないそれって?」

「きゃはは、うそうそ、性格だっていいじゃん。それはあたしが良く知ってる。」
「ん~なんていうのかな。臆病なのかも。女の子の前だと堂々と出来ないっていうか。」

「ふむ、そういうのって女からみると頼りない感じだしね。」
「だろう?そういうとこがもてないのかもな・・・。」

「へこんでる?」
「いや、別に、へこむというより、半分あきらめてる。」

「ん~、でもさ、女も色々だから、そういう宙が“好き”っていうコも現れるよ。」
「そっかなぁ、今のところ高校では望み薄だけど。」

「そうぉ?少なくともあたしはそういう宙が好きだよ。」
「え?なにそれ?」

「あ・・・、ん~と、トモダチとしてね。」
「あ、うん。トモダチとしてね。」

 ほんの少しの間、沈黙が流れた。

「あ、そろそろいくね。晩御飯に遅れちゃう。うちも母親うるさいから。」
「あ、うん、俺も、帰る。」

「ありがとう。じゃ、ハンカチ持ってくね。」
「あ、うん。こっちこそありがとう。」

「じゃあね。」
「あ、うん。あ!絵羽・・・ちゃん。」

「なぁに?」
「あの・・・また、会ってくれるかな?」

「え?あ、うん。いいよ。メールして。」
「うん!ありがとう。じゃ。いくね。」

 そう言うと宙は絵羽より先に店を出ていった。


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