偽物の恋をきみにあげる【完】
月奈が帰ると、病室は途端にしーんと静まり返った。

ひたひたひた……

静寂に包まれるといつも、死神の足音が聞こえる気がしてしまう。

俺は慌ててパソコンを開いた。

昨日書き上げたばかりの物語を、推敲のために最初から読み直さなきゃだ。

推敲のメインは、名前の漢字のチェック。

本名そのままなのもアレだから、下の名前、一応漢字を変えたけど、こんなんじゃ意味ないって月奈に言われそうだ。

月奈の小説を意識して書いたから、いつもの自分の文章と違ってて、なんだかくすぐったい。

月奈と過ごした日々が詰まった物語。


『フロアラグの上に脱ぎ捨てていたジーパンを履くと、大雅(たいが)はローテーブルの前にどっかり腰を下ろし、傍らの煙草に手を伸ばした。


ジッポを開けるカチン、という金属音が、しんとした部屋に響く。』


ん、なんか三人称みたいな始まり方だな。

まあ、いっか。


読み進めるごとに、思い出は鮮やかに蘇る。


「半年だけ、恋愛しませんか?」我ながらクサいセリフだわ。

紫色のクリスマスツリー、すげー綺麗だった。

五七五、作り出すと止まんなくなるんだよなー。

恋文、公開すんのほんと恥ずかしかったわ。

旅行、まじ楽しかった!

1人で行こうと思ってたけど、瑠奈と一緒に行ってよかった。

生まれ故郷も、何もないけどいい所だったな。

ここから俺の人生始まったのかって感動した。

てかこの小説、月奈イカせてばっかじゃん。

どんだけテクニシャンだよ、俺。
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