燻る紫煙
左耳で呼び出し音を聞きながら、

私は右手に持つ名刺を眺めていた。

 株式会社 メディアクリエイション

 営業部営業第一課 
 
 係長 大西啓介

昨日、あの人が冗談っぽく私に手渡した名刺だ。

誰でも一度は名前を聞いたことのあるような大手企業。

エリートなんだ……。

そんなことを考えていると、

電話なんかしたって、あの人は私のことなんて覚えていないかもしれない。

急に不安な気持ちが押し寄せる。

電話なんかかけなきゃよかった。

とたんに後悔の気持ちでいっぱいになった。

すると、

「──はい」

電話の向こうで返事が聞こえた。

気持ちを落ち着かせ、

すぅっと息を吸って、

「あの、昨日バーでお会いした、島田沙耶加と申しますが、覚えて……ますか?」

おそるおそる私がそう尋ねる。

「……あぁ、うん、覚えてるよ。昨日は……ちょっと飲みすぎちゃったね」

思いのほか優しい声にほっとして。

軽く話を交わし、私は思いきって切り出した。

「昨日は、なんだか落ち着いて飲めなかったし……もしよかったらもう一度ゆっくりお会いしたい、んですけど……」

少しの沈黙があった後、

「そうだね。じゃあ明日、仕事帰りにでも食事しようか」

あの人がそう言った。

……よかった。

こうして、

私はあの人と再会することとなった。

かなり積極的な自分に驚いて、

そしてまたあの人に会えるんだと喜んで、

でも、

なんだか、

危険な道に進んでいるような気がして、

少し不安になった。
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