嘘つきは恋のはじまり
***

朝、訪問者が来る前に事務室を簡単に掃除する。
ホウキで掃きながら、拭き掃除をしている亜美ちゃんに近づいて昨日のお礼を言った。

「亜美ちゃん、昨日はどうもありがとう。」

「いえいえ、体調大丈夫です?」

そういえば私の体調が悪い体で帰ったんだった。
母が入院していることはそれとなく伝えてあるけれど、病名とか症状とかは話していない。
まあ、伝えることでもないよね。
末期癌だなんて、聞く方も重いだろうし。

ふと、昨日の記憶がよみがえる。

───咲良、落ち着いて。

名前で呼ばれた。
それがなぜか、不思議と落ち着いた。

そもそもなぜ津田さんが会社の前にいたのか。
そこが不思議だ。
スーパーマンじゃあるまいし。

ふと思い当たって、私はパソコンに向かう。
受付業務で使う管理システムで、「津田」と入力して
会社の訪問履歴を検索してみた。
検索結果は一件。

【DCシステムズ 津田大地】

これ、かな?
よく考えたら津田さんの下の名前、知らないんだった。
“大地”って名前なんだ。
だいちゃんと一緒だ。
顔も似てる。
もしかして津田さんはだいちゃんなの?

でも名字が違う。
別人?
養子に入ったとか?
私のこと、咲良って呼んでくれた。
だいちゃんも私のこと覚えていてくれてる、とか。
そんな都合のいい話があるだろうか。

よく見ると、今日も訪問予定が入っている。
また会えるんだ。

そう思うと、胸がドキドキと高鳴った。
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