嘘つきは恋のはじまり
老人ホームからの帰り道、何故だか私は胸がいっぱいになっていた。
嘘はいけないこと。
あれでよかったんだろうかと、何度も自分に問いかける。

「咲良、ありがとう。」

だいちゃんがおもむろにお礼を言うので、私は慌ててしまう。

「ううん、優しいおじいさんだね。私、でしゃばっちゃったけど、大丈夫だったかな?」

「じいちゃん、すごく喜んでた。あんなに調子の良さそうなじいちゃん見るのは久しぶりでさ、ちょっと感極まるというか…。」

そう言って、だいちゃんは照れくさそうに頬を掻く。
おじいさんだけじゃなくて、だいちゃんも喜んでくれたみたいでよかった。
嘘だけど、誰かの喜びがそこにあるのなら、時には嘘をついても許されるのかな?
そんな免罪符が頭をよぎる。

「お母さんの手術はいつ?」

「来週の水曜だよ。父は仕事を中抜けしてくるみたいだけど、私は休みをもらったの。」

「俺も行こうか?」

「え…、いやいやいや!」

あまりにも自然に提案してくるので、一瞬理解できなかった。
心細いと思っていたので、だいちゃんの気持ちはとてもありがたい。
だけど平日だし手術も8時間くらいかかるし、なにより嘘の彼氏にそこまで迷惑はかけられない。

私は丁重にお断りをした。
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