嘘つきは恋のはじまり
「俺の顔に何か付いてる?」

ふいに彼が口を開いて、私ははっとなる。

「ご、ごめんなさい。ぼーっとしてました。」

さっと目をそらすと、くすりと笑う気配があった。
何だかドキドキしてしまってそれ以上彼を見ることができなくなったけど、特段これといった会話が続くわけでもなく、あっという間に病院へ到着した。

「送ってくださってありがとうございました。」

「役に立ててよかったよ。」

降車場で別れを告げるだけなのに、上手く言葉が紡げない私はぎこちない当たり障りのない挨拶をする。

「…じゃあ。」

控えめに手を上げた私を確認すると、彼は車を発進させた。何だか夢を見ている気持ちになって、彼の車が遠ざかるのをぼんやり眺めていた。

遠くから救急車のサイレンの音が聞こえて我に返る。
そうだ、面会時間の終了時刻が迫っているんだった。

私は慌てて病室へ向かった。
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