嘘つきは恋のはじまり
病室へ入ると母は本を読んでいた。
私の姿を見つけるとパタンと本を閉じる。

「今日は遅かったのね。」

「ちょっと残業だったの。」

ベッドの横の棚に置かれている汚れ物のタオルやパジャマを紙袋に詰めながら、洗濯してきた新しいものと交換する。
母が入院してから二週間、毎日の日課になっていた。

「残業って、あんた仕事ばっかりしてないで、そろそろ結婚しなさいよ。」

「そのうちね。」

「死ぬ前に孫の顔が見たいわね。」

「縁起でもないこと言わないでよ。」

母の軽口に、私も適当にあしらう。

「お父さんは?」

「今日は残業で遅くなるから来ないって。ほんとに、あんたたち親子は仕事が好きね。」

呆れたように笑う。

私は今日はたまたま残業だっただけなんだけど。
言い返せば更に何か言われる気がして、はいはいと軽くいなした。
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