サザンカ
放課後、誰かと寄り道をすることなく帰路を歩く。
「ただいま」
家に入って、声を掛けても帰ってくることはない。
普通よりも大きな家、広いリビングには誰もいない。
シーンと静まり返った家は、私の胸を締め付ける。ぐっと下唇を噛んだ。
ピロン♪
気の抜ける音がなって、体から力が抜けた。
音の原因はポッケに入っていたスマホ。画面を見れば
[愛しの愛琴、お父さんだよ!
来月は、帰れそうだから、その時は家でゆっくりご飯でも食べよう!]
お父さんからのメールだった。
くすり、と笑みが零れた。
有名な会社の偉い人であるお父さんは、忙しいにも関わらず、空いた時間に会いに来てくれたり、メールを送ってくれたりする。
たくさん、愛してくれてる。
お母さんの分まで愛してくれる。
お父さんがいなければ私は今、この世にいないかもしれない。
[了解、美味しいご飯作って待ってるね]
そう送って画面を閉じた。
ソファに寝っ転がって天井を見つめる。
じわじわとぼやける視界。
____泣かないで
頭の中で響く声。
「っっ、泣いちゃ、ダメっ」
熱くなった目頭を抑えて、出てきそうになった涙を引っ込める。
ガチャ
玄関からドアが開いた音がしてすぐ、乱暴にリビングのドアが開いた。入ってきたのは1つ下の弟の昴。
黒髪で目は少しツリ目。自分の弟だけどイケメンだなぁ、なんて思う。昴も高校生になってから、アルクトスに入ったらしい。
「チッ」
私がここにいることが気に入らないかのように舌打ちをした昴。
私だってこの家の住人なんだからしょうがないじゃん。そんな睨まないでよ。
なんて、心の中で悪態をつく。
昴の態度は今に始まったことじゃない。ましてや反抗期なんてものでもない。
「来月、お父さん帰ってくるよ」
ソファに寝っ転がったまま、私の口から出たのは無機質な声。
「話しかけんな」
憎しみのこもった声でそう吐き捨てて、家を出ていった昴。
昴は私のことが嫌いだ。
昴もまた、“あの日”の被害者。あの時から時間が止まったまま、私達は大きくなってしまった。
時間が経つ事に、鎖は固く頑丈になる。
“あの日”に捕われて、抜け出せなくなる。
その原因を作ったのは私。昴に悲しい顔をさせているのも私だ。
でもどうすればいいか分からない。どうすれば前のように笑い合えるのかが分からない。
だからこそ、苦しくて、辛い。
「はぁ、っ」
小さく吐いた息は震えていて、胸が軋んだ。
こんな時、お母さんだったらどうしていただろうか。
棚の上の写真で笑っているお母さんに呟く。
「助けて…」
涙は出なかった。