サザンカ
外は日が沈んで暗くなって、人通りも少なくなっていく。
薄汚れた星空は綺麗な月を浮かべることで着飾って、醜いところを隠す。
私と一緒だ。
着飾って着飾って、醜いところを隠して、黒い部分に蓋をする。
私は潔白だ、と主張する。
無駄だと分かっていながら辞めようとしないのは、そうしていないと真っ黒に染ってしまう気がしたから。
怖かった、自分が怖くて、何かわからない黒いものが私を喰らう。
このまま私は何か違う物になってしまうんじゃないかと思ったら恐怖に震え上がった。
許されぬ罪
頭の中で響く声
全てが分からなくなっていく。
苦しい、苦しい、クルシイ
負の感情を紛らわすように、ソファから立ち上がった私は、部屋に用意してあった服に着替えた。
こんな日は、家に居たらダメ。
家にいた方が孤独だと感じてしまうからダメだ。
外に出なきゃ、自分が壊れてしまう。
冷静を保っていられない。
私は泣いちゃいけない、
泣いちゃダメ。そうじゃなきゃあの2人に合わせる顔がない。
バックを持って家から逃げるように外へ出た。
街に出れば、夜の住人がたくさんいた。
露出の多い人、ピアスをいっぱい開けてる人、髪の毛がカラフルな人、疲れたサラリーマン。
それぞれが自由に歩いている。
人に迷惑をかけながらも遊び回る人や迷惑をかけずに1人で楽しむ人。
私はどちらでもなくて、何となく、置いていかれたような気がした。
そんな、劣等感を感じながらも吸い込まれるようにして入った建物。
繁華街の真ん中、若者が集うクラブ
『Astraia』(アストライア)
アルクトスが根城にしていて、セキリュティーは緩いが安全だと有名な場所。
アルクトス見たさに通う人や、
単純にクラブを楽しみたいと通う人。
爆音の音楽の中、男女関係なく密着しながらリズムに合わせて揺れている。
そんな楽しそうなフロアを横目に、少し段上がりになっているBARのカウンターに腰掛けた。
「いらっしゃい、リコちゃん」
「こんばんは、ケンさん」
私を“リコ”と呼んだバーテンダーのケンさんはここの店長だ。
リコはここでの名前。
「はいどうぞ」
言わなくても出されたジンジャエールを口に含めば程よい炭酸が喉を刺激した。
この爆音の音楽の中にいれば、黒い感情が紛れる気がした。
アルクトスとか、どうでもいい。ただ、自由に踊る人を見ているだけでよかった。
それだけで孤独から抜け出せるような気がしたから。
ここに通ってからもう1年は経つ。
最初は大変だったナンパのかわし方も覚えたし、たまにお酒も飲むようになった。
それで、私はお酒が強いということがわかった。
本当はダメだけど、ルールを破っているっていうのに優越感があってなんだか楽しかった。
「ねぇ」
ふと、女の子の声がした。
ここにきてから女の子に声を掛けられることなんて無くて、最初は私じゃないのかななんて思ってたけど
「ねぇってば!」
肩を叩かれたことで私に話しかけられているんだと気がついて振り向いた。
金髪ショートに白い肌、大きな目は少しツリ目で気の強そうな顔立ち。
背は小さいけど、威圧感みたいなオーラがあって少し、身構えた。
「あなたがリコ?」
「そうだけど」
そう答えると、目の前の女の子は何も喋らず私の目をジッと見た。
「………」
「………」
いや、なんか喋ってよ
謎の沈黙に痺れを切らした私は、目を逸らしてそのままジンジャエールを飲んだ。
何も用がないなら話しかけないで欲しい。
少し不機嫌になりながらも、空になったグラスを満たしてもらう為にケンさんに声をかけた。
「ケンさん、おかわり」
「はいはーい」
優しい笑みを浮かべたケンさんが私のグラスに金色のジンジャエールを注ぐ。
ふと、近くにいる女の子に気づいたケンさんは驚いたように目を見開いた。
なに?
ケンさんの行動を不思議に思って首を傾げれば、女の子から私へと視線を移したケンさんが口を開いた。
「何したの?」
「……はい?」
意味がわからず、眉間にシワを寄せた私を見てケンさんは「あ、そっか」と小さく呟いた。
「この子がレナだよ」
「……あぁ、あのお掃除屋さん?」
「そうだよ」
レナ、その名前は有名でアルクトスに近づく女達でタチの悪い女をピックアップして出禁にするという役割をしている。
それはアルクトス公認でやっているらしい。
なんだか掃除をしているみたいで勝手にお掃除屋さんって呼んでた。
実際見た事のなかった私は、今日初めてレナに会った。
「私何もしてないんだけど…」
チラッとレナの方を見ながら呟く。
「知ってる」
「はぁ?」
意味が分からなくて、シワがより深くなる。
「そんな、機嫌悪くしないでよ。
リコって名前が有名だったから話してみたかっただけ。」
眉間を人差し指でグリグリ押しながら、笑ったレナはさっきの怖い顔じゃなくって少し幼く見えた。
やめてやめて、と顔を振ればくすくすとケンさんとレナが笑った。
そんなに怖い子じゃないのかも。
私の中でのレナのイメージは高飛車なイメージだったから、少し拍子抜けする。
ケンさんを見れば肩を竦めて、大丈夫だよ、と笑いかけてくれた。
きっと悪い子じゃないって意味なんだと思う。でも私には、悪い子でも悪い子じゃなくてもあまり関係ない。
深く関わるつもりはないから。
「リコはいくつ?」
「17」
隣に座ったレナを視界の端に捉えながらも変わらずフロアを眺める。
レナの目は見たくない。純粋で綺麗で、その目に写っている私が醜く見えて嫌だから。
正面から向き合えば、深く関わってしまいそうで怖い。だから、線を引く。ここからは入ってくるな、と。
壁を作らなきゃ、自分を見破られる気がした。
意味のわからない恐怖がレナにはあった。
それに、アルクトスに近いってゆうことはきっとあの人のことも知っている。そして、あの日のことも知ってる。
真実を知れば、私も相手も傷つく。なら、傷つく前に関わらなければいいんだ。
私だってもう、傷つきたくないから。