フェイク×ラバー
はじまりのお話。
──うちの会社にはね、“王子様”がいるのよ。
その話を先輩から聞いたとき、雀野 美雪は何かの冗談かと思った。
だって漫画やドラマの世界じゃあるまいし、現実に“王子様”なんているわけない。
そう思っていたのだが、入社して二年。
この会社には確かに、“王子様”がいた。
王子様の名前は、狼谷 はじめ。王子様と呼ばれるだけあって、容姿はモデルや人気アイドルと並んでも引けを取らないほど。背も高く、誰に対しても分け隔てなく接する彼の社内での人気は、かなりのものだ。
挙句、仕事もそつなくこなす完璧人間。
有智高才にして眉目秀麗。
これだけでも十分すぎるのに、狼谷 はじめは美雪が働く国内屈指の電気機器メーカー“ヴィオラ”の会長の孫で、社長の甥でもあるのだ。
現時点ではヴィオラ本社の秘書室に所属し、秘書として働いているが、将来的にはヴィオラの取締役になるのではないかと噂されている。
そんな漫画やドラマの主人公のような好条件を揃えに揃えた狼谷 はじめではあるが、何故か独身。恋人もいないんだとか。理想が高いのか、それとも結婚願望がないのか──様々な憶測が社内で飛び交ってはいるが、美雪自身はあまり興味がないので、深いところまでは知らない。
というより、知ろうとしていない。
美雪は自分の分をわきまえているつもり。
狼谷 はじめを魅力的な男性だとは思うが、彼は“高嶺の花”。手を伸ばして痛い目を見るよりも、遠目から眺めて目の保養にするくらいがちょうどいい。
そう、今みたいに。
「……見るからに課金キャラだもん」
美雪は財布を片手に、社内のエントランスを見下ろせる位置にいた。
今はお昼休み真っ只中で、社員の多くは社員食堂で手軽に済ませるか、外へ食べに行くかの二択。
美雪は後者で、広報部で働く友人を待っているところ。
そんな折に見つけたのが、社内の有名人──“王子様”こと狼谷 はじめ。
今日も隙のない完璧な出で立ちのはじめは、誰かを待っているようだ。エントランスに設置されたソファに腰掛け、スマホを操作している。
一体誰を待っているのやら。
友人を待つ間の暇潰しに、とはじめを観察してみれば、数名の女子社員がとことことはじめに近寄り、声をかけた。
待ち人来たり? と思いきや、違ったようだ。
「挑戦者だったのか……」
< 1 / 41 >