フェイク×ラバー
なるほど。
話があるとお茶に誘った理由は、これか。
ならば理解できる。
あのときは周囲の目があったから、言いたいことも言えなかったのだろう。
だって狼谷 はじめは“王子様”なのだ。
美雪は肩から力を抜き、これはけじめを付ける機会を与えてもらえたのだと思うことに決めた。
「その件につきましては、非常に申し訳なく思っておりまして、つきましてはこちら、クリーニング代の方を」
「いらない」
「え?」
バッグから取り出した封筒をテーブルに置けば、即座にはじめから拒否されてしまった。
「け、けどシャツをダメにしてしまいましたし、スーツもクリーニングに出す必要があると思うんですが……」
「確かにシャツを一枚ダメにしたし、スーツもクリーニングに出すけど、君にその代金を請求したりはしないよ」
「じゃあどうすれば……」
他のけじめの付け方なんて、美雪には思い浮かばない。
まさか土下座? 土下座を求められているの??
土下座なんてしたことないけど、それでこの問題が片付くのならば……!
と、美雪が勝手に決意を新たにしたのだが、はじめが求めるものは、全く見当違いのものだった。
「実は雀野さんに、‟彼女役”を頼みたいんだ」
「わかりました、土下座────は? 彼女、役?」
それって一体、なんですか?
詳しく聞かねば意味がわからない。問い返そうと思ったのだが、店員の声によって阻まれてしまった。
「お待たせ致しました。ホットコーヒーと紅茶でございます。ごゆっくりどうぞ」
テーブルの上に置かれたのは、淹れたばかりのコーヒーと紅茶。
はじめはブラックなのかと思いきや、砂糖を二個だけ入れて、ティースプーンでかき混ぜる。
「文字通りの彼女“役”だよ。──来月兄が結婚するんだけど、紹介したい子がいると言われてしまって、つい付き合ってる子がいる、って言っちゃったんだよね」
「は、はぁ」
「けど実際、俺は付き合ってる子なんていないから、結婚式当日までにどうにかしないといけない。じゃあ彼女を作ればいい、って思うだろうけど、今は恋愛に対して積極的になれそうにもないから、途方に暮れてたんだけど……」
「うっ」
はじめの目が細められ、獲物を狙う狩人のような目つきになる。
これのどこが“王子様”だというのか。
是非とも、彼に対し好意を抱く女性陣に見てもらいたい。
「お願いできるかな? もちろん、必要なものはこっちで揃えるし、当日、君をほったらかしにもしない。常にそばにいるよ」