フェイク×ラバー

Kの思惑


 シャツは一枚三千円。
 ただしまとめ買いしたので、実際はこれよりもいくらか安い。

 スーツもそこまで高いものじゃない。量販店で購入したものなので、四万前後だったと記憶している。

 何が言いたいのかと言うと、昼間、カフェラテをぶちまけられたこのスーツとシャツは、彼女が渡そうとしたクリーニング代で十分どうにかなる代物だということ。

「何が買い替えた方が早い、だ」

 いけしゃあしゃあと、当たり前のように口からすべてり出た出まかせに、つい自分で笑ってしまう。

 あのスーツとシャツは、帰宅時、いつものクリーニング店に任せてきたので、週末にでも受け取りに行けばいい。

 キッチンに立ち、淹れたばかりの熱いコーヒーに砂糖を二個、落とす。くるくるとスプーンでかき混ぜ、その場で一口。
 季節関係なくホットコーヒーを飲むが、やはり寒くなって来るといつも以上に恋しくなる。

「予定を立てないとだな」

 リビングに置いたソファに腰を下ろし、手帳を開く。
 秘書の中には手帳を二つ持つ者もいるが、はじめはすべて、一冊にまとめている。仕事以外に書き込む予定がない、というのが悲しい話ではあるが、二冊は正直、邪魔だ。荷物になる。

「まずはドレスと靴と────」

 付箋を取り出し、買い物リストを書き込んでいく。忘れないとわかっていても、書いておいた方が安心する。

「ああ、ヘアメイクも必要なのか。けどそれは当日でいいとして────」

 ようやく問題が片付いて、次のステップへ進める。

 まさかカフェラテをぶちまけられるとは思っていなかったが、これを理由に彼女役を引き受けてもらえたのだから、良しとしようじゃないか。
 秘書室に戻るまでの間、いろんな社員に見られたが、気にもならない。
 まあ、替えのシャツがあったのは素直に助かった。
 もし無ければ、買いに走る必要があったから。

「雀野 美雪、ね」

 スマホを取り出し、新たに加わった連絡先に目をやる。
 名は体を表す、なんて言うが、確かに雀みたいな子だった。小さくて、気が弱そうで、大きな目が今にも泣きだしそうで──これは押せば、彼女役を引き受けてくれるんじゃないか? と思わせるような子。

 自分でも性格の悪いことをしたな、という自覚はある。騙したようなものだ。

 けど後悔はしていない。初対面だが、カフェで話してみて確信めいたものを感じた。
 あの子はきっと、後腐れのない子だと。


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