フェイク×ラバー

 二言三言はじめと会話を交わした女性社員たちは、遠くから見ても分かるほどにがっくりと肩を落とし、会社の外へ向かって歩き出す。
 彼女たちは勇敢にも王子様をランチに誘ったが、断られてしまった、と美雪は推測するが、恐らくこの推測は当たっているだろう。

 今みたいな光景は、ヴィオラ本社ではありふれた光景のひとつでしかない。

 狼谷 はじめは誰に対しても優しく紳士的。
 それは素晴らしいことではあるが、同時に“特別な人”がいない、という意味と同義でもある。

 だからこそ彼は、“みんなの王子様”なのかもしれない。

「ごめん! 待ったでしょ?」

 背後から聞こえた大きな声に、美雪は待ってました、と言わんばかりに振り返り、笑顔を浮かべる。

「全然待ってないですよ、清花さん」

 美雪に声をかけたのは、パンツスーツが似合う素敵な女性──広報部の猪田 清花(いのだ きよか)だった。
 急いで来たのだろう。サラサラの黒髪ロングが、ほんのちょっとだけ乱れている。

「ほんとに? ならいいんだけど……」

 乱れた髪を手櫛で整えながら歩き出す清花の横顔を見つめ、美雪は素直に「きれいだなぁ」、と思う。

 猪田 清花は背が高くて、細身で、かっこよくて、女性が憧れる女性を体現したかのような女性。
 美雪と同じ二十四歳で入社二年目だが、既に広報部の主戦力として働いている。

 だから思わずにはいられない。
 そんな女性が何故、自分みたいな特筆すべき点のない人間と仲良くしてくれるのだろうか?

 だって誰が見ても、清花と自分はタイプが違う。
 以前、誰に聞かれたのか忘れてしまったけど、意外な交友関係だね、と言われたことがある。
 そのとき、美雪は何も言えなかった。

 美雪から見れば、清花も十分、“高嶺の花”なのだ。同期だけど配属された部署も違うし、そこまで社交的な性格でもないから、関わることはほとんどないだろうと思っていたのに、入社して間もなく、清花の方から話しかけてくれた。
 最初は相手を間違えてない? と思ったけど、清花はそれから何度も話しかけてくれて、食事にも誘ってくれたし、お互いの家に遊びに行くことも自然と増えていった。

 今の二人の関係は、まぎれもなく友達だ。

 だからこそ、ふとした瞬間、疑問に思うのだ。本人には聞けぬまま、何がきっかけだったのかな? って。

「どこ行こっか? 何か食べたいものある?」

 そんな美雪の疑問など知るよしもない清花は、今日も素敵な笑顔。
 こんな笑顔を見せられてしまったら、ネガティブな考えも一瞬で吹き飛んでしまうというもの。

「食べたいものか……。あ、うどんとか?」

 ふと、今朝の情報番組で紹介されていたうどんが美味しそうだったことを思い出す。


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