フェイク×ラバー

「はじめ、知らなかったの?」

 みどりが試すような目を向ける。

「大学で彼女を選ぶのか? 違うだろ」

 動揺もなく、真顔で答えるはじめを、美雪は素直にすごいと思う。
 この人、嘘が上手だわ。

「それもそうね。──大学生活はどうだった? 私は明陽を選ばなかったけど、とても良い大学だと母に聞いてるの」

「楽しい学生生活でした。短期でしたけど、フランス留学もできましたし」

「そう、充実してたのね。お父様は何をしてらっしゃるの?」

「母さん」

 強い口調で、はじめが自身の母親を睨む。
 そんなことは聞くな──そう言いたいのだろう。

 だが母親は、息子のご機嫌うかがいなんてしない。笑顔を浮かべたまま、美雪を見ている。

「えっと……」

 別に答えてもいいのだが、はじめは答えてほしくなさそう。
 美雪は横目ではじめを見て、それから自分を見つめるみどりを見る。

「父は……弁護士です」

 この状況、答えないと先へは進みそうにない。
 そう判断した美雪は、みどりの問いに答える道を選んだ。

「まあ、弁護士! そうなの。お母様は?」

「母は専業主婦です。兄を妊娠するまでは、一応、幼稚園の先生をしてたそうですが……」

「お兄様もいるのね。会社勤め?」

「いえ、父と同じく弁護士です」

「…………ほんとに?」

 衝撃の事実だったのだろう。
 はじめが小声で確認してきた。

「ほんとですけど……」

 こんなことで嘘なんかつかない。

「お兄さんも弁護士とはすごいね。美雪さんは弁護士になろうとは思わなかったのかな?」

「私はそこまで頭が良くなかったので……」

 満の質問は、美雪にとって慣れたもの。
 父も兄も弁護士だと、やはり聞かれてしまうのだ。あなたも弁護士になるの? と。

 けど残念なことに、美雪は弁護士になれるほど優秀ではなかった。勉強は好きだったのだが、成績がすこぶる良かったわけじゃない。毎日学校に行って、きちんと授業を受けていたのに、どうしてか勉強の結果がテストの点数に反映されないのだ。
 多分、勉強は好きだけど、下手だった。
 そんな感じ。

「でも明陽でフランス語を学んだんでしょう? 十分すごいわ。立派よ」

「あ、ありがとうございます」

 面と向かって褒められると、気恥ずかしさでうつむいてしまう。

 実は明陽女子大に進学することは誰にも止められなかったのだが、フランス文学科を選ぶのは止められたのだ。
 両親は別段止めなかったが、友人たちには別の学科の方がいいんじゃない、と言われた。
 特に兄は、「フランス語学んで、なんの仕事がしたいんだ?」、とストレートに言われる始末。


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