フェイク×ラバー

「うどん? そういえば、ここ最近食べてないかも。どこのお店?」

「えっと……」

 スマホを取り出し、紹介されていたお店を調べる。チェーン店だったけど、会社の近くにあるだろうか?
 テレビや雑誌を見ては、あれを食べてみたい、あそこに行ってみたいと思うのだが、いつも思うだけ。手帳のウィッシュリストが増えるばかりだ。
 だから行けるときには行かないと。

「あ、近くにあるみたい。徒歩圏内、だね」

「じゃ、お昼はそこで決定。何食べよっかな〜。きつね? たぬき?」

 スマホをポケットにしまい、美雪は清花と並んで歩く。
 会社の外は、気持ちのいい秋晴れの空が広がっていた。


 ***


「お誘いは嬉しいんですが、今日は先約があって」

「そうですか……」

 目に見えて落ち込む女性社員に、はじめは使い慣れた微笑みを添えてランチの誘いを断る。

「すみません。またの機会に」

「…………はい」

 頬を染めうつむく女子社員を見送ってから、手元のスマホに視線を戻す。見ているのは、ネットニュースだ。ゴシップの類は好みじゃないが、暇を潰すにはちょうど良い。

 だがしかし、本音を言えば待つのは嫌いなのだ。

「柳の奴はいつになったら来るんだ……」

 思わず口から洩れてしまった愚痴は、幸運なことに誰にも聞かれなかったようだ。

 だからエントランスで待つのは嫌だったんだ。
 そもそもアイツはなんで約束の時間を守らない!?
 アイツが時間を守ればエントランスで待つ必要はなかったし、声を掛けられることもなかったのに!

「──待たせたな、“王子様”」

 ようやく“先約”が来たらしい。
 はじめは立ち上がり、スマホをポケットにすべり込ませると、目の前に立つたくましい体躯の男を睨みつける。

「遅い。あとその呼び方やめろ。──行こう、腹減った」

 背筋をぴんと伸ばし、はじめは歩き出す。
 その隣を歩くのは、はじめの唯一といっても過言ではない友人──柳 鷹臣(やなぎ たかおみ)。配属されている部署は、営業部だ。

 社内では狼谷 はじめが一番の有名人ではあるが、柳 鷹臣もそれなりに名前と顔が知れ渡っている。
 はじめが細身で柔らかな“王子様”のような容姿を持つのに対し、鷹臣はたくましく硬派な“騎士”のような容姿の持ち主。タイプは違えど、二人共、女性社員の憧れの存在。

 そんな二人が歩けば、必然的に周囲の視線を集めてしまうもの。

「王子様呼びがそんなに嫌いなら、八方美人やめて、本性出しちまえばいいだろ?」

 外へ出て、二人が向かうのはいつもの牛丼屋。
 お互い、食に対する関心が薄いので、昼食は大体決まっている。牛丼屋、ラーメン屋──手早くパパッと食事を済ませられる場所が多い。

 ならば外へ出ずに社員食堂で済ませればいい。社員食堂は安いし、専属の栄養士が献立を考えてくれているので、健康にも良い。
 二人とも独身なので、尚良いだろう。

 だがそういうわけにもいかない。
 なにせ社内は息が詰まる。会長の孫で社長の甥でもあるはじめは、その容姿も相まって、常に見られているのだ。食事の時間くらい、誰の目も気にせずリラックスしたい。

 だから外へ出る。


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