フェイク×ラバー

 兄の言葉は、美雪からすると厳しいの一言に尽きる。
 美雪自身、フランス語を学びたい意欲はあったのだが、フランス語を活かせる仕事に就きたいとは考えていなかったのだ。
 兄はそれを見抜き、厳しいことを言ったのだろう。何度か進路を変更しようかと悩んだ時期もあった。

 だが結局、美雪は自分の意志を貫いた。
 その結果、学んだ分野を活かせそうにない職に就いたのだが。

「……私、お手洗いに行ってきます」

 これ以上、自分のことを話すのは遠慮したい。
 あまり深く関わるべきでもないし、興味を持たれても困るのだ。

「場所、わかる?」

「多分」

 席を離れ、美雪はお手洗いに向かう。席に案内される途中、お手洗いらしきものを見つけたので、探すのに手間取ることはなかった。

「疲れた……」

 個室に入り、スマホを取り出す。
 今日は一度も、ゲームアプリの画面を開いていない。落ち着くためにも、ログインだけ済ませておこう。

「……そろそろ帰りたいな」

 本当なら今頃、このドレスも履き慣れないヒールの靴も脱ぎ捨て、ゲームを楽しんでいるはずだった。
 なのに食事! 両親との食事!
 第二ステージがあるなんて、聞いてないよ!

 スマホの画面をタップしながら、ため息をつく。

「…………行かないとかな」

 あまりトイレに長居しては、余計な心配をかけてしまう。
 スマホをバッグにしまい、個室を出て手を洗う。

「お帰りなさい。場所はわかった?」

「わかりました、大丈夫です」

 席に戻れば、笑顔のみどりが美雪に声をかけてくれた。

「どうかしました?」

 ただ満が困ったような笑みを浮かべていて、はじめは無表情──に見せつつ、機嫌が悪そうにしていた。
 自分がトイレに行っている間に、一体何があったのか。

「気にしなくていいのよ」

「は、はぁ……」

 そう言われても、気になる。
 だってこの後、自分ははじめにマンションまで送ってもらうのだ。機嫌の悪いはじめと、車内で二人きり……。
 それは是非とも避けたい。
 
 だが美雪の願い空しく、はじめは食事を終えてからもずっと、機嫌が悪いままだった。


 ***


 美雪のマンションへ向かって走る車の中、空気は重く、息苦しかった。
 やはり自分がトイレに行っている間、何かがあったのだ。
 でも聞かない。聞いちゃいけない。

 この偽物の恋人関係は、ようやく終わりを迎えるのだ。
 多少気になっても、聞かないことが正解。後腐れなく、この関係を終わらせたいのであれば。


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