フェイク×ラバー
「……今日は助かったよ」
沈黙に耐え兼ねたのか、はじめが口を開く。
美雪は横目ではじめを見てみるが、お世辞にも機嫌が良いとは言えなさそう。
それでも一応、美雪のことを気遣い、会話を始めてくれた──と思いたい。
「いえ、うまく彼女役ができたか自分ではわからないので……」
「十分だったよ。両親との食事は予定外だったけど……ほんとにありがとう。助かった」
はじめは運転中なので、こちらを見ることはない。
「それなら良かったです。──これで終わり、ですよね?」
「ああ」
はじめの一言に、美雪は安堵する。
「それにしても、意外だった」
「何がですか?」
車内の空気が、穏やかになりつつある。
「君のことだよ。明陽の卒業生だとは思いもしなかった」
「ああ、そのことですか。父方の祖母にすすめられまして」
明陽女子大学と言えば、歴史があることで有名。
昔はお嬢様が通うイメージが強かったらしいが、ここ最近はそうでもない。
美雪はフランス語を学べればどこの大学でも良いと思っていたが、父方の祖母が明陽女子大出身で、なおかつフランス文学科があったので、明陽女子大に決めた。
ただ受験する大学は明陽女子大一本。
もし受からなければ就職するつもりでいたので、合格したときは正直、夢かと思った。
「なるほどね。──お父さんとお兄さんの職業についても、意外だったな。……事前に聞いておけばよかった」
「何か問題でもありましたか?」
「問題……ではないよ」
そう言うが、はじめの表情は冴えない。
「……狼谷さんのお父さんもお兄さんも、お医者様なんですね」
話題を変えようと思った美雪は、はじめの家族のことを次なる話題に選んだ。
「外科、ですか?」
「父は内科だけど、兄は外科だよ」
「そうなんですね……。狼谷さんは、お医者さんになろうとは思わなかったんですか?」
蛙の子は蛙と言う。
とは言え、自分は父とも兄とも違う道を選んだのだが。
「向いてないんだよね、医者」
「血が苦手とかですか?」
「まあ得意ではないけど、卒倒するほど苦手、ってわけでもないよ。──医者にならなかった理由は……情けない話になるけど、命を背負うだけの覚悟が、俺にはないんだ」
「命を背負う……」
車が停まる。前を見れば、赤信号だった。
「外科であれ内科であれ、医者とか看護師には付きまとうだろ、生き死にの話が」
「そう、ですね」
「それを背負うのは、俺には無理だと思った。責任も覚悟も足りないんだよ。だから素直に、父さんと兄さんを尊敬してる」
「……そうなんですね」