フェイク×ラバー

 この人は真面目に、将来進む道を考えたのだろう。
 それを思うと、自分は短絡的に将来のことを考えていたのだと思い知らされる。

「じゃあお母さんもお医者さんですか?」

「いや、母は経営者だよ。マンションやら駐車場やらとは別に、自分の店を持ってる」

「あ、そうなんですね」

 はじめの母・みどりは、美人で堂々としていた。自分の母とは正反対すぎる。

 美雪の母親は、一言で言うなれば“おっとりさん”。母の周りだけ時間の流れがゆっくりなんじゃないかと疑ってしまうほど。
 それに反し、父親は厳しく真面目。
 何故この二人は結婚したのだろう? まるっきり正反対なのに、と何度も思った。

「お兄さんの奥さんは、お医者さんですか? それとも会社員?」

「…………看護師、だよ」

 瞬間、はじめの声が低くなる。

「看護師ですか……。あんな美人な看護師さんがいたら、病院でモテモテなんじゃありませんか?」

 記憶の中、蘇るのはウェディングドレス姿の香穂子。美人な看護師なんてドラマの中だけだと思ってたけど、現実にいるんだ。

「モテてたかどうかは知らないけど、彼女は兄さん一筋だったから」

「そうだったんですか。じゃあ、好きな人のために看護師の道へ?」

「それは違う。高校一年の頃からずっと、彼女は兄さんだけを見てきたけど、看護師のことは兄さんと知り合う前からなりたいって言ってたし」

「お知り合いなんですか?」

「…………同級生だよ、高校の」

「へえ……」

 じゃあ同級生が、兄嫁になったのか。

「お二人、お似合いでしたね」

「……そう、だね」

「今頃は飛行機の中ですかねぇ」

「……多分」

「新婚旅行がヨーロッパって、すごいですよね。やっぱりお土産、期待してますか?」

「…………」

 はじめが無言になり、美雪は運転席でハンドルを握るはじめを見てみる。
 はじめは無表情──のはずなのに、どうしてだか美雪にはそう見えなかった。

「あの……?」

「────うるさいっ」

「ご、ごめんなさい……」

 咄嗟に謝った美雪に、はじめが驚きの目を向ける。
 この反応を見るに、美雪が謝ったことではなく、自分の言動に対し驚いている、という感じ。
 はじめは神妙な面持ちになり、車の速度を落とし、そのまま路肩へ停まってしまった。

「ごめん」

 そう言って、はじめが車から降りてしまう。

「……私、機嫌を損ねるようなこと、言っちゃったのかな……」

 車を降りたはじめは外にいるが、美雪に背を向けているので表情はわからない。
 やっぱり何か、まずいことを言ってしまったのだ。
 それが何かはわからないけど、謝っておいた方がいいかもしれない。今日が最後、もう関わることはないんだし。

「あの……」

 車を降りて外に出れば、少しだけ寒かった。フォーマルドレスはやっぱり、防寒機能が低すぎる。もうちょっと厚手の上着を羽織って来るんだった。


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