フェイク×ラバー

「私、何か気に障るようなこと、言いましたか?」

 理由はわからない。
 けど、謝りたい。不快な思いをさせてしまったのであれば。

 美雪が真っ直ぐにはじめを見つめれば、はじめは泣きそうな顔で見つめ返してきた。
 どうしてそんな顔をするのか、美雪にはちっともわからない。

「あ、の……」

「君は悪くない、悪くないよ……」

 絞り出すようなはじめの声が、ほんの少しだけ聞こえづらくて、美雪ははじめに近寄る。

「大丈夫ですか?」

 具合が悪いのだろうか?
 もしそうなら、心配だ。

「私、歩いて帰りますよ? 駅──は近くないけど、さっきバス停通り過ぎましたし」

 二十四歳、立派な大人。送り迎えがなくても、家まで帰れる。
 そのつもりで提案したのだが、はじめは首を振り、「送って行くよ」、と言う。

 ほんとに大丈夫なのだろうか?
 元気がない、というよりも、覇気がないのだ。

「あの、無理しないでください。結婚式で疲れたんですよ」

「そう、だね。……疲れたんだと思う」

「じゃあゆっくり休まないと。私、バスで────」

「行かないで」

 バスの時刻表を見に行こうとした美雪の手を、はじめがつかんで引き留める。

「……狼谷さん?」

 やっぱりちょっと、様子がおかしい。
 美雪が心配そうにはじめの顔を覗き込めば、

「え──?」

 抱き寄せられた。

「あ、あの……っ」

 何故抱きしめられたのか理解できなくて、固まってしまう。手は隙間なく密着した二人の胸によって閉じ込められ、自由がきかない状態。
 こんなとき、どうすればいいの? 嫌悪感はないけど、戸惑いが増すだけ。

「狼谷さん……?」

「ごめん。……ちょっとだけでいいんだ」

 耳元で、すがるように囁かれた。
 そんな風に言われてしまったら、抵抗できない。

 美雪は所在なさげに視線を泳がせ、直立不動。
 今まで誰にも言ったことがないのだが、美雪は恋愛初心者。
 というか、経験がない。女子高と女子大のせいにしてもいいのだが、彼氏がいる子は周りに何人もいたし、それが直接の原因とは言い難い。

 多分、興味がなかったのだ。女子高生の頃はゲームに夢中で、女子大生の頃は勉強に必死。社会人となった現在は、休日のすべてをゲームに費やしている。
 美雪にとって恋愛は、優先順位があまりにも低い。
 だって現実(リアル)の恋は、ゲームと違う。セーブボタンもなければ、リセットボタンもないし、攻略法だってない。

 もし現実にもリセットボタンがあるのなら、自分は確実にやり直す。
 この状況を回避するためにも。

「…………」

 どのくらい経ったのだろう。体感的には三十分? ううん、一時間くらいかも。
 けど実際は、数分程度。


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