フェイク×ラバー
「だからよく考えなさい。何が自分にとっての“最善”なのかを」
そう言って母は、話を終わらせる。
はじめは何か言おうと思ったが、ちょうど美雪が戻ってきたので、ぐっと言葉を飲み込み、我慢した。
「どうかしました?」
席に戻るなり、美雪は場の雰囲気が悪いことに気づいたようだ。
「気にしなくていいのよ」
「は、はぁ……」
母が強気の笑顔でそう言えば、美雪は戸惑いつつも追求することは諦めたようだった。
はじめは隣に座る美雪を横目で見て、複雑な気持ちになる。
この小さな“すずめ”は、本当に自分にとっての“最善”となってしまった。
それだけでなく、“最良”にすらなり得る。
こんな結果、誰が想像しただろうか?
はじめはグラスの水を飲み干し、美雪を視界から追い出した。
***
我ながら、大人げないな、と思う。
彼女は悪くない。
むしろ頑張ってくれた。彼女役に結婚式、両親との食事────悪いのは自分だ。騙すように彼女役を頼んで、巻き込んで。
その結果、“うるさい”、と怒鳴った。
何も知らないくせに! 食事のとき、母親に君とのことを真剣に、って言われたんだぞ?
その君が、どうして“彼女”のことをそんなにも楽しそうに話すんだ!!
……ああ、そうだった。彼女は何も、知らないんだった。
最低だ。最悪だ。自分自身が嫌になる。
だから外へ出た。逃げ道を探したくて。
なのに彼女は、
「私、何か気に障るようなこと、言いましたか?」
なんて言う。
車から降りて、心配するような目でこちらを見つめる彼女が、あまりにも真っ直ぐだから、はじめは更に自分が嫌になった。
「君は悪くない、悪くないよ……」
かろうじて喉から出た言葉は、頼りないものだった。
こんな姿、誰にも見せられない。
「大丈夫ですか?」
なんで心配するんだろう?
さっき君に、ひどいことを言ったのに。
「私、歩いて帰りますよ?」
こんな情けない姿を見て、君はどう思った?
「さっきバス停通り過ぎましたし」
必死に言葉を重ねる美雪の姿が、はじめの心を徐々に落ち着かせる。
そうか、君は俺に興味がないんだった。
何を思うこともない。
ただ心配しているだけ。
そのことに気づいた瞬間、本当に申し訳なく思った。怒鳴ってごめん。
君はただ、あの気まずい空気をどうにかしたかっただけなんだろう。
すべては大人げない、自分のせいだ。
「送って行くよ」
こんなにもひどい態度を取ったのだ。
せめてきちんと、自宅まで送り届けたい。
「あの、無理しないでください。結婚式で疲れたんですよ」