フェイク×ラバー
そうか。自分は疲れているのか。
……当然か。長年の片想いが、とうとう粉々に砕け散ったのだから。
「そう、だね。……疲れたんだと思う」
脳裏によみがえるのは、嬉しそうに微笑む初恋の人。
あの瞬間、彼女は世界中の誰よりも幸せだったのだろう。
そして自分は、世界で一番、惨めな男だったはず。
「じゃあゆっくり休まないと。私、バスで────」
「行かないで」
離れと行こうとする“すずめ”を繋ぎとめようと、はじめが手を伸ばし、捕まえる。
「……狼谷さん?」
君は知らない。家族のことも、縁談のことも、片想いのことも────俺の“中”が惨めで情けなくてみっともない感情でいっぱいなことも、何もかもを、君は知らない。
だから、ほんの少しだけでいい。
君を“利用”させて。
「あ、あの……っ」
戸惑う“すずめ”を腕の中に閉じ込め、ぎゅっと目をつぶる。
このぐちゃぐちゃでドロドロで、どうしようもなく行き場のない感情を、溶かして流して消し去りたい。
そんなこと、すぐには無理だとわかってる。時間が必要だ。
だというのに、腕の中に閉じ込めた小さな“すずめ”があからさまに困惑しているから、笑えてきてしまった。
ほんの少しだけ、気持ちが楽になったような気がする。気休めかもしれないが、それでも構わない。
「…………ありがとう」
思っていた以上に、スッキリしている。
これは確実に、君のおかげだ。
怒鳴ってごめん。困らせてごめん。
彼女役を引き受けてくれてありがとう。両親との食事に付き合ってくれてありがとう。
それから────。
「──乗って。送るよ」
「……お願いします」
努めて冷静さを装う美雪を微笑ましく思いながら、助手席のドアを開ける。
今日ようやく、長い初恋が終わった。
こんな日に、そばにいてくれて、ありがとう。