フェイク×ラバー
こういう日もある。
美雪は財布を手に、総務部を出た。
***
本日、狼谷 はじめは一人での昼食となる。
柳 鷹臣が、広報部とのランチミーティングとやらに出席するので、無理なのだそう。昼休憩のときくらい仕事から離れればいいのに、と思ったが、休日、何もすることがないからと仕事に逃げる自分が言えることじゃないな。
「今日は適当に済ませるか」
なんてことを言ってるが、はじめの食事はいつだって適当だ。
ただ今回の“適当”は、コンビニのこと。社員食堂でもいいのだが、一人でいると女子社員の群れに捕まってしまう。
となれば、コンビニで買って、人気のない場所でさっさと食べてしまうに限る。
はじめにとっての食事は、その程度。腹が満たされればそれでいいのだ。
「狼谷君、今からお昼?」
秘書室を出てエレベーターへ向かうはじめに声をかけたのは、営業部の鶴見 京也(つるみ きょうや)だった。
彼は、はじめや鷹臣に次ぐ、社内での有名人。ルックスが良く、高身長、高学歴で彼女無し。
ただし女癖は悪い──と聞いている。
あくまでも噂なので、本当のところはわからないが。
「そうですよ」
「よかったら今度、一緒にお昼、どうかな?」
「────そうですね。機会があれば、ぜひ」
完璧な営業スマイルを浮かべて、はじめはエレベーターに乗り込む。
「……行くわけないな」
エレベーターの中には、自分一人。
だから人目を気にせず本音を言える。
はじめは鶴見 京也が苦手だ。
いや、好きになれない、という表現の方が正しいかもしれない。
なんというか、重なるのだ。学生時代、はじめの背後──つまりは親の金やコネを目当てに近づいてきた、あの上辺だけの友人たちと。
だからお昼を一緒にとることはないな。
「あれは────」
エレベーターを降り、エントランスに出れば、見覚えのある人物を見つけた。
“すずめ”だ。
もう一週間も経つのか。
あの日以来、美雪との繋がりはぷつりと途切れてしまった。同じ会社で働いているのだし、何度か見かけることはあったのだが、いつもタイミングが悪く、声をかけることができなかった。
もともと、たった一日の彼女役を頼んだだけ。
その繋がりは短く細い。
このまま途切れさせたままでも問題ないのかもしれないが、はじめは何かお礼をしなくては、と考えていた。
結婚式だけのはずが、両親との食事にも付き合ってくれた。