フェイク×ラバー

 だというのに自分は、帰りの車内で怒鳴って、勝手に車を飛び出した挙句、抱きしめて困らせた。

 このことについて、はじめは深く反省している。自分は実に大人げなかった。彼女に申し訳ない。
 なので、何かで埋め合わせをしたいのだが、何をすれば彼女は喜ぶのだろう?

 一般的な贈り物でもしてみようか? ケーキとかそういう、女性が喜びそうなものを。

「う~ん……」

 はじめは知らず、美雪の背を追いかけていた。
 彼女はちっともこちらに気づかない。

 と思ったら、美雪が急に立ち止まった。
 どうやらスマホを見ているようだ。何を見てるんだろう?
 純粋な好奇心。失礼を承知で、美雪のスマホを覗き込んでみた。

「────映画?」

 その瞬間、美雪が驚きに肩を竦ませ、こちらを振り返った。

「狼谷さん……?」

 お化けでも見たかのような目で自分を見上げる“すずめ”に、はじめは営業スマイルじゃない、優しい笑顔を向けた。


 ***


「狼谷さん……?」

 スマホに集中していたせいで、背後に人がいることに気づけなかった。
 美雪は反射的に背後を振り返り、そして予想もしていなかった人物の姿に、目が点になる。

「そんなに驚かなくてもいいんじゃないかな?」

「す、すみません……」

 つい謝ってしまったが、驚くに決まってる。
 だって彼女役は、一週間前に終わったのだ。
 もう話しかけてこないと思うじゃないか、普通。

「お昼?」

「は、はい」

「一人で?」

「……はい」

 そんなこと聞かないでよ。
 美雪が目を伏せれば、何を思ったのか、はじめが美雪のスマホを手に取った。

「あ!」

 待って。
 その画面には今──、

「この映画……」

 悩みに悩んでいる映画が表示されている。

「今週末までだね、これ」

「……はい」

 だから悩んでいるの。DVDになるのを待ってもいいけど、やっぱり映画館で観てみたいと思う。
 今日は金曜日。明日明後日はお休みだし、観に行こうと思えば行ける。
 けど一人じゃ行けない。

 最悪、兄に頼もうかと考えてもいる。
 兄は多趣味な人だから、興味のない分野でも、一応挑戦しようとするのだ。忙しくなければいいのだが。

「ふぅん……。観たいの?」

「そう、ですね」

 観たくもない映画を、わざわざ調べたりしない。
 美雪が小さな苛立ちを感じ始めるのと同時に、はじめが何やらスマホを操作し始める。

「あの、何を……」

 そろそろスマホを返してほしいな。
 と思ったら、スマホを返してくれた。


< 40 / 41 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop