フェイク×ラバー
こういうとき、無趣味の人間はどうすればいいのか。
寝室に引っ込み、パソコンの電源を入れながら考える。
どうにも昔から、趣味らしい趣味が見つからない。
学生時代は暇をつぶすために勉強をしていたが、社会人となった今は、勉強が仕事に変わっただけ。
趣味がないことは、悪いことじゃない。見方を変えれば、無駄遣いが抑えられ、その分を貯金に回すことができるという利点がある。
だが仕事ばかりでは味気ない。
だからいろいろと手を出してみたのだが、読書に音楽に映画……どれも長続きはせず、結局仕事に戻ってしまう。
これでは仕事ばかりの人生だ。
じゃあ恋愛でもしてみたらどうか──と鷹臣に以前言われたことを思い出したが、それにはまず、相手が必要だろう。一人じゃ恋愛はできないんだし。
「……ああ、そうだ。忘れてた」
恋愛で思い出した。
来月は兄の結婚。机の引き出しには、結婚式の招待状がきれいな状態で保管されている。
それを取り出し、なんとも言えない気持ちになる。
狼谷 怜(かみや れい)
佐野 香穂子(さの かほこ)
新郎新婦の名前を見つめ、また招待状を引き出しにしまう。
こんなことを、もう何度も繰り返している。何度見たって変わらないのに。
「どうするかなぁ……」
なんで付き合ってる子がいる、なんて言っちまったんだろ。
それが一番、断るには確実だと思ったからなのだが、後先考えない発言だった。自分らしくもない。
それだけ動揺したのだろう。────彼女の言葉に。
「……おめでとう、兄さん。…………おめでとう、義姉さん」
消え入りそうなほどに小さい、祝いの言葉。
今のうちに練習しておかないと、とても本番では言えそうにない。
なんて情けない。
「……やっぱり趣味は必要だな」
集中できるものがあれば、余計なことを考えなくていい。
ああでも、やっぱり情けないことに変わりはないか。
その趣味を“逃げ道”に使おうとしているのだから。
***
そして事件は、月曜日に起こった。
仕事終わり、いつもなら自宅マンションへ真っ直ぐに帰宅する美雪はその日、会社近くのカフェにいた。
このカフェには何度か、清花と一緒に来たことがある。ワンコインで美味しいランチが食べられて、夜にはお酒を飲むこともできるので、仕事終わりに立ち寄る会社員も多いのだとか。
なので午後六時過ぎ。
店内は満席とまではいかずとも、ある程度、席が埋まっていた。
そんな店内で、美雪は案内された窓際の席、周囲から向けられる視線が突き刺さるように痛くて、いたたまれない。目線がずっと、下を向いたままだ。
自意識過剰?
ううん、極めて正常。まぎれもなく妥当。
だって目の前に“王子様”がいるんだもの。
「注文、決まりましたか? ──雀野さん」
「………………」
社内の女子社員が、一度は自分に向けてほしいと思う微笑みを前に、自分は一体、どうしたらいいのだろう。