フェイク×ラバー
今すぐにでも立ち去りたい気持ちでいっぱいの美雪が、何故このような状況に置かれているのか。
まずはその理由から説明する必要がある。
はじまりは同日のお昼休み。
美雪はいつものエントランスを見渡せる場所で、清花が来るのを待っていた。
清花がいつも遅れてくるのは、きっと同僚たちからのお昼の誘いを断っているから。
だから美雪は、清花が遅れて来ても文句を言ったりしない。
むしろお礼を言いたいくらいだ。
ただ今日は、いつもより来るのが遅かった。
そしていつもより寒かった。
なので美雪は、自販機でホットのカフェラテを購入し、ちょっと一息つこうと思った。
いつもはしないのに。
「あっつ……」
缶のふたを開け、まずは一口。
普段は水とかお茶を飲むことが多いのだが、寒くなってくると、甘くてあったかいカフェラテが飲みたくなる。
「あったかい……」
早く清花さん、来ないかなぁ。
今日は何を食べようかなぁ。
なんて、のんきなことを考えていたら、誰かにぶつかった。
「あ、すいませ────っ!」
「熱っ!!」
ぶつかった衝撃で、ふたを閉めていないままの缶から噴き出すようにこぼれたのは、熱々のカフェラテ。
美雪の手にも若干かかったが、ぶつかった相手の方が被害は大きい。白いシャツに広がるのは、カフェラテの染み。
美雪が恐る恐る視線を持ち上げれば、そこには驚きで目を見開く“王子様”がいた。
「す、すいません! だ、大丈夫ですか?」
なんてこったい。
よりにもよって、“王子様”にぶつかるなんて。
とは言え、誰が相手でもきちんと謝罪しなくては。必要ならスーツのクリーニング代も支払わねば。
というか、支払わせていただきます!
「あの、本当にすみませんっ。わざとじゃなくて……っ。火傷! 火傷とか────」
「君の方こそ、大丈夫?」
「え?」
必死に謝罪の言葉を見つけようとする美雪に、狼谷 はじめがかけた言葉。
まさかこっちを心配してくるなんて、思いもしなかった。
「手、赤くなってる」
「い、いえ、私は全然平気ですっ。私よりも狼谷さんの方が」
真っ白なシャツは、カフェラテのせいでひどい状況。
総務部で働く美雪は基本的にデスクワーク。誰かと会うことはない。
けれどはじめは、秘書だ。来客と接する機会の多いはじめが、こんな有様では仕事にならない。
「ああ、大丈夫。着替えはあるから」
「そういう問題じゃ……」