次期家元は無垢な許嫁が愛しくてたまらない
 茉莉花は宝来家に嫁ぐ身で、花嫁修業と称し、週一回の作法などのお稽古で小紋などの着物を着ており、帯で締めつけられていることに慣れてはいる。呼吸が乱れてくるのは無数にたかれるフラッシュのせいだろう。

「お兄さまったら、茉莉花さんと目が合ったそばからデレッとしちゃって」

 茉莉花の隣で淡水色(うすみずいろ)の訪問着で立っているのは、宝来香苗(かなえ)だ。

 伊蕗の妹で、二十二歳の茉莉花より三歳上の二十五歳。伊蕗は三十二歳で、茉莉花とは十歳離れている。
 
 香苗の嫌みのないブラウンに染めた髪は、尖った顎の位置で切り揃えられており、目は猫のようにセクシーで可愛い。
 
 細く高い鼻梁は伊蕗と同じで、コケティッシュな雰囲気を持った女性だ。
 
 茉莉花と香苗は、伊蕗がオーナーである明治神宮前駅近くのマンションの一室に、一緒に住んでいる。
 
 四年前に婚約しているふたりだが、頻繁に会い始めたのは茉莉花が地元・石川県の女子大を卒業し、東京に出てきてからだ。まだ二ヵ月も経っていない。
 
 女子大を卒業後、すぐに結婚式を挙げるように、新右衛門や伊蕗の母・道子(みちこ)などに勧められた茉莉花だが、社会勉強をしつつ、お互いを知る期間にしたいと申し出た。

 茉莉花が慣れない東京で困らないように、香苗と一緒に住むという条件で、伊蕗は賛成した。
 
 結婚式は、来年五月に予定をしている。

「やっぱりお兄さまは早く結婚したかったんじゃないかしら」
「そ、そうでしょうか……」

 茉莉花は華奢な首を傾げる。

(香苗さんと一緒に住む条件は出されたけれど、伊蕗さんはすぐにでも結婚したいっていう感じではなかったと思う)

「茉莉花さんったら、男心がわかってないのね。亡くなったお祖父さまと一緒に、お兄さまが四年前に金沢まで旧友の窯元を訪ねたとき、孫の茉莉花さんにひと目惚(ぼ)れしたのよ?」

 香苗は四年も前の話を持ち出し、思い出したように目尻を下げ、クスッと笑った。

 晴れ晴れとした表情の新右衛門と、愛する伊蕗。ふたりの姿に茉莉花も満足げに笑みを漏らした。

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