次期家元は無垢な許嫁が愛しくてたまらない
 茉莉花の祖父が鳳花流の家元と旧知の仲で、藤垣焼の花器を使っていただいており、上得意の顧客でもある。

「姉ちゃん?」

 智也が不思議そうな顔をして茉莉花を見ている。

「あ、ふ、藤垣茉莉花です」

 もう一度ガバッと頭を下げると、伊蕗の口元が緩む。

「伊蕗さんがめちゃくちゃカッコいいから、姉ちゃん緊張してる!」

 いつもなら智也の茶化す言葉でケンカになるのだが、今は何も言えない。智也の言うことがもっともで、伊蕗の目をまともに見ることができないのだ。

「君が小さい頃に会っているんだが、覚えていないだろうね。はじめまして。宝来伊蕗です」

 ふいに、ピアニストのように繊細で大きな手を差し出され、茉莉花はピンク色の毛糸で編んだ手袋を慌てて取って、伊蕗の手を握る。

(うわ……どうしよう。心臓がドクドク暴れてる……華道家なのに手が荒れていなくてびっくり……)

 茉莉花は、都会的で素敵な男性の手に触れたのは初めてだ。

 小・中学校は男女共学だったが、現在は女子校。教師でさえ、伊蕗のような洗練されたイケメンはいない。藤垣の弟子に三人の若者はいるが、いつも泥にまみれていて、それこそ雲泥の差。彼らから今のような感じを受けたことはない。

「頬が真っ赤だ。ここは寒いね。家の中へ入ろう」

 まるでここが自分の家のように話す伊蕗に、茉莉花は圧倒されていた。

 智也が伊蕗を引っ張るように母屋に連れていくのを見ながら、茉莉花は後ろからついていく。

 窯場は六百坪ある敷地の奥まったところにあり、平屋造りの母屋の他に、弟子たちの住居も仕事場の横に建てられている。

(次期家元かあ、カッコいいな……)

 茉莉花は前を行くふたりを見比べる。智也の頭の位置は、伊蕗の肩のラインくらい。智也は茉莉花よりも五センチは背が高いのだが。

 伊蕗は背が高く、襟を立てた上質なコート姿がよく似合い、茉莉花はときめきを覚えた。

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