次期家元は無垢な許嫁が愛しくてたまらない
髪の毛を肩に垂らしたままにしたかったが、料理の手伝いということで、黒ゴムでひとつに結んだ。
清純そのものの茉莉花は、髪を結ぶと途端に子供っぽくなる。伊蕗の前では大人っぽくしていたかったのだが。
台所へ行くと、佐江子と一番若い弟子の石原 匡(たくみ)がいた。彼は二十五歳で、弟子入りして三年目だ。
「茉莉花さん、おかえりなさい」
匡は銘々皿に煮物を取り分けている手を止める。
「ただいま、匡さん」
「茉莉花、客間にお布団を敷いてほしいのよ。ふた組ね。押し入れに用意してあるから。匡くんはお酒とその煮物を運んで」
天ぷらを揚げている佐江子は、ふたりを見ずに早口で指示をする。
(客間のお布団……次期家元がうちに泊まる)
明日の朝も、まだここにいるということだ。眉目秀麗の顔を拝めるのは夕食だけだと残念な気持ちになっていた茉莉花には朗報だった。
「お布団、用意してくるね」
茉莉花は台所を出て廊下を進み、窯場が見える客間へ向かう。
藤垣家で一番いいその部屋は、十畳の和室だ。客を迎える回数は少ないが、三年に一度は畳を張り替えており、部屋の上座にある一畳分のピカピカに磨かれた床の間には、新右衛門の最高の出来である壺が飾られている。
客間の前までやってきた茉莉花は、障子の引き戸をガラッと開けた。次の瞬間、絶句して固まる。
伊蕗が白いシャツを着ようと広げたところだった。何よりも驚いたのは、上半身裸だったこと。
茉莉花が突然引き戸を開けたというのに、伊蕗の表情には驚いた様子もない。
「しっ、失礼いたしました!」
一瞬、身体が強張り、固まってしまった茉莉花だが、慌てて謝って引き戸を閉めた。
引き戸を背に、茉莉花の心臓は不規則に暴れている。
(ど、どうしよう……。は、裸を……)
目にしたのは一瞬だったが、引きしまった上半身は、なぜか茉莉花の目に焼きついてしまっていた。
胸を両手で押さえて呼吸を落ち着けていると、背後の引き戸が再びガラッと開いた。申し訳ない表情で振り返る。
清純そのものの茉莉花は、髪を結ぶと途端に子供っぽくなる。伊蕗の前では大人っぽくしていたかったのだが。
台所へ行くと、佐江子と一番若い弟子の石原 匡(たくみ)がいた。彼は二十五歳で、弟子入りして三年目だ。
「茉莉花さん、おかえりなさい」
匡は銘々皿に煮物を取り分けている手を止める。
「ただいま、匡さん」
「茉莉花、客間にお布団を敷いてほしいのよ。ふた組ね。押し入れに用意してあるから。匡くんはお酒とその煮物を運んで」
天ぷらを揚げている佐江子は、ふたりを見ずに早口で指示をする。
(客間のお布団……次期家元がうちに泊まる)
明日の朝も、まだここにいるということだ。眉目秀麗の顔を拝めるのは夕食だけだと残念な気持ちになっていた茉莉花には朗報だった。
「お布団、用意してくるね」
茉莉花は台所を出て廊下を進み、窯場が見える客間へ向かう。
藤垣家で一番いいその部屋は、十畳の和室だ。客を迎える回数は少ないが、三年に一度は畳を張り替えており、部屋の上座にある一畳分のピカピカに磨かれた床の間には、新右衛門の最高の出来である壺が飾られている。
客間の前までやってきた茉莉花は、障子の引き戸をガラッと開けた。次の瞬間、絶句して固まる。
伊蕗が白いシャツを着ようと広げたところだった。何よりも驚いたのは、上半身裸だったこと。
茉莉花が突然引き戸を開けたというのに、伊蕗の表情には驚いた様子もない。
「しっ、失礼いたしました!」
一瞬、身体が強張り、固まってしまった茉莉花だが、慌てて謝って引き戸を閉めた。
引き戸を背に、茉莉花の心臓は不規則に暴れている。
(ど、どうしよう……。は、裸を……)
目にしたのは一瞬だったが、引きしまった上半身は、なぜか茉莉花の目に焼きついてしまっていた。
胸を両手で押さえて呼吸を落ち着けていると、背後の引き戸が再びガラッと開いた。申し訳ない表情で振り返る。